更新日:2023年04月27日 10:46
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締め切り直前に駆け込んだサイゼリヤで、耳に飛び込んできた衝撃――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第70話>

グローブ男の優しさに心洗われ……

 万事がこの調子で、食事が運ばれてくれば懲役時代の食事の話。バイト先の派閥の話になれば懲役時代の派閥の話。あと、店長が懲役時代の刑務官に似ているらしく、それが不満らしいみたいな話題で全てを懲役にもっていくのだ。  もしかして彼女にとって懲役は大切なアイデンティティーの一部なのかもしれない。  「活動限界まであと5分です!」  ヤサ男はその懲役話をうんざりもせず、うんうんと聞いていた。僕だったら「おまえ懲役って言いたいだけだろ」とかなり早い段階で指摘しそうなものだが、ヤサ男はおとなしく聞いていた。  「活動限界まであと3分!」  でも、さすがにここまで何でもかんでも「私の懲役時代」の話に持っていくのは完全に異常って感じたのか、突如としてイカリタトゥーがちょっとしゅんとしてしまったのだ。  「どうしたの?」  ヤサ男が革のグローブがはめられた手をチラッと見せながら優しく語りかけた。  「ごめんね、なんか私の懲役の話ばかりで。ついつい懲役の話になっちゃうんだ」  “ついつい懲役の話になっちゃう”、という聞きなれないパワーワードにびっくりするが、イカリタトゥーも異常な懲役回収率に違和感を覚えていたようだった。  「反省だね」  イカリタトゥーはさらに小さくなってシュンとした。  それでもヤサ男は優しく対応していた。  「別に構わないよ、俺も懲役の話、興味あるし」  完全に聖人だ。革のグローブをはめた聖人だ。  僕は最初のころに「なんてアンバランスな二人なんだ」と言い、さらには訳の分からない妄想まで展開したが、それは大きな間違いだと気が付いた。イカリタトゥーはこのヤサ男の優しさに惹かれたのではないだろうか。  なんでも黙って聞いてくれる。強引に懲役の話にもっていっても聞いてくれる。怒りもしない。そんなところに惹かれたんじゃないだろうか。そう考えると、とてもしっくりくる二人じゃないか。そう、二人がアンバランスだとか、お似合いだとか、周囲が勝手に決めつけることは大変失礼なことなのだ。  「反省だね」  僕もイカリタトゥーと同じように呟きシュンとした。  「活動限界まであと1分!」  イカリタトゥーの反省はまだ続いていた。  「ごめんね、もう絶対に私の懲役の話はしない」  あれだけ繰り出していた“私の懲役”を自ら封印すると言い出したのだ。本当にそんなことが可能だろうか、なにせ、灰色を見ると私の懲役時代を思い出すと言っていたレベルだ。なんでもかんでも懲役だ。封印することなどできないんじゃないか。ハラハラと心配する気持ちが生まれつつあった。  「わかった」  ヤサ男は優しく承諾した。やはり優しいのだ。
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イカリタトゥー女、再び衝撃の一言を放つ
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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