仕事

年末の繁忙期、イノシシ取材に振り回されたテレビ業界人の嘆き

 2020年の干支はネズミだ。去年はイノシシだった。いま多くの人が気持ちあらたに、新年を迎えているはずだが、イノシシを引きずり続けた人たちがいる。イノシシに翻弄され、ネズミどころではない。それは、テレビ業界の話である……。

イノシシ取材、いつまで続けるのか

イノシシ

テレビでは「イノシシが出没」と報じられることが多い。いったい、なぜなのか?(※画像はイメージです。以下同)

「もう三日連続です。都内ならまだしも埼玉や東京都下でしょう……。そんなもん、出ても普通なんじゃないですか?」  昨年末、投げやりな態度で筆者にこう話すのは、都内の民放ディレクター・T氏(30代)。社会部記者として警視庁クラブや司法クラブでほとんど睡眠時間が取れないほどの激務をこなし、現在は報道番組のディレクターチーフとして頑張るエース候補。そんな彼が仕事への愚痴とは珍しい。一体どうしたのか? 「“イノシシ”ですよ。局によってはヘリで追跡し、記者やディレクター、カメラマンなど十数人も出しています。他にやるべきことがあるだろうと……。視聴者からもそうした厳しい指摘を受けています」(T氏、以下同)  昨年11月下旬から12月にかけて、埼玉や東京などで野生のイノシシの出没情報が相次ぎ、テレビ各社はイノシシの現在地を追った。警察や自治体職員たちが一匹のイノシシを追いかけ、取り囲み、最後は網で絡めとるように捕獲する様子が生中継され、視聴したという読者も少なくないだろう。T氏は、このイノシシをほぼ一週間にわたり追いかけさせられたのだという。 「スマホ片手に、ツイッターで目撃情報を見つけては現場へ行き、ずっとイノシシ探し。他局がイノシシを報じると、本社からは『何をやってるんだ』とドヤされて。朝から晩までずっとですよ。もうほとほと疲れました」  ともあれ、例のイノシシは捕獲され、一件落着と相成った、が……。 「どこかの局に出ていた害獣の専門家が、捕獲されたイノシシは、別の地域で目撃されたイノシシとは別の個体である可能性がある、なんて解説しちゃったんです。それからはまたイノシシ探し。私、普段は事件ばかりやってるんです。私40代ですよ。なんでこんなことを……」

結局は、数字が取れるから?

イノシシ ネット上にも、イノシシばかりを取り上げるテレビ局の姿勢を非難する書き込みが相次いだ。テレビ局はなぜここまでイノシシを執拗に追いかけたのか。別のテレビ局報道デスクが説明する。 「そりゃ田舎じゃイノシシも猿も当たり前でしょう。ですが、都心に近い住宅街に出たとなれば、それは市民の命が危機にさらされていることを意味します。大げさではなく、報じる意味があるのです。ただ、各社があまりに執拗に追って報じるから、過熱気味だったことは間違いありません。あと……数字(視聴率)が取れることも、否定はしません」(報道デスク)  確かに、首都圏に猿が出没した時のテレビ報道の加熱っぷりもハンパではない。まるで凶悪犯人が刑務所から脱走したかのように大騒ぎである。人身安全のためと主張しつつ、数字も取れると明かす報道側、そしてくだらないと思いながらも見てしまう私たち。前出のT氏がいう。 「結局、視聴者が面白いと思う、興味を持つものしか放送しないし、できない。どんなに意味のある取材ができて放送しても、それが面白くなければ見てくれない、数字も出ない。一部の人たちからくだらない、他に報じることがあると指摘されて、私たちだってそう思いますが、大多数は見てくれるんです」(T氏)  大衆に迎合することを「ポピュリズム」などと表現するが、我々はテレビを見ているつもりでいて、実はテレビも我々を見ていることを、人はあまり考えない。テレビはまさに我々の姿を映し出す鏡なのだ。<取材・文/山口準>
新聞、週刊誌、実話誌、テレビなどで経験を積んだ記者。社会問題やニュースの裏側などをネットメディアに寄稿する。
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