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沢口靖子『科捜研の女』、リアルすぎる逮捕シーンの裏にある“東映イズム”

 スポーツクラブでエアロバイクを漕ぎながら、正面の壁に並べられた数台のテレビを眺めていた。スポーツクラブなので、音声が出ない文字放送である。その1台に目が釘付けになった。  警官が犯人を逃走劇の末取り押さえた。私はニュース映像だと思い、「すわっ!? 決定的瞬間を捉えたスクープ映像か!?」と、思わず立ち漕ぎになって身を乗り出した。しかし、映像の正体は『科捜研の女』のワンシーンだった。さすがロングランドラマ、迫力あるなと思った。
『科捜研の女』

『科捜研の女』公式サイトより

 そのことを、知り合いの放送作家に話した。すると彼は「『科捜研の女』、『相棒』などのテレ朝のドラマは、日テレで『探偵物語』、『あぶない刑事』をヒットさせた東映の製作チームが請け負っていて、そのノウハウが息づいているのだ」と教えてくれた。  東映のホームページを覗いてみるとトップページに『科捜研の女』『相棒』『仮面ライダーシリーズ』『戦隊物シリーズ』のバナーが誇らしげに掲げられていた。どれもこれも現在のテレビシーンにおける良心のような番組ばかりではないか。目先の視聴率を追って、ヒット企画に追従せざるを得ないテレビ界にあって、独自の世界を構築し、それを深化させることによって人気を維持し続けている、数少ない番組たちだ。  東映と言えば、最初に思い浮かべるのが、荒波が打ち付ける岩に、三角のロゴマークが浮かび上がるオープニングだ。東映社内では「荒磯に岩」と言われているそうだ。世界一男臭いオープニングムービーではないだろうか。実際東映は、男性ホルモンをほてらせながら、日本映画界を突っ走ってきたような会社だ。

キャッチフレーズは「不良性感度」

 東映の歴史をさかのぼっていくと「日本映画の父」と呼ばれる我が国最初の映画監督・牧野省三(1828-1929年)にたどり着く。省三の息子に日本を代表する映画監督であるマキノ雅弘と、豪放磊落な名プロデューサー、マキノ光雄がいる。省三は、雅弘に監督の、光雄にプロデューサーの英才教育を施す。この光雄こそが“東映を作った男”だ。さらにこの兄弟の姉は、長門裕之と津川雅彦の母である。  省三の「マキノプロダクション」は、フィルムが引火したことによる火事が原因で経営が傾き後に倒産する。省三は失意のうちに命を落とす。光雄は活躍する場を求めて海を渡り、満州映画協会(満映)に参加する。しかし満映は「日本の満州支配を進めるための現地人へのプロパガンダ映画製作」のための組織であり、生来の無頼漢である光雄と肌が合うはずもなかった。光雄は帰国する。  終戦後、東急電鉄は子会社の東横映画の総責任者に光雄を任命する。この東横映画が東映の前身である。東横映画の最初の大方針は「大陸から引き上げてくる映画人の救済」だった。終戦後、大陸に取り残された、元満映の荒くれ映画人たちの受け皿となり、彼ら「映画馬鹿たち」の情熱を躍進の原動力にしたのが東映である。  後発である東映は、逆境の中、その情熱だけを武器に大映や松竹、日活に戦いを挑む。東映の追い求めるものは牧野省三ゆずりの「大衆娯楽作品」である。スピーディーな演出で他社とは一線を画していく。そして東映時代劇のブームを巻き起こし、ついに配給収入でトップに立つ。時代劇ブームが去ると、勧善懲悪の世界観を現代に置き換えた任侠映画のブームを作り出す。そのブームも去ると実録ヤクザ映画『仁義なき戦い』(1973-74)をヒットさせる。『トラック野郎』シリーズ(1975-79)のヒットも続いた。当時の東映のキャッチフレーズは「不良性感度」。東映はどこまでも男臭い映画会社だった。  現在の日本のエンターテイメント業界は「不良性感度」とは程遠い世界かもしれない。しかし東映に受け継がれてきたアクションシーンのノウハウが、すでに20年の歴史を越えようとしている『科捜研の女』や『相棒』を支えているのは素晴らしいことに思える。「大衆娯楽主義」と並ぶもう一つの東映のモットーは「自主制作主義」であった。  この3月に『科捜研の女』は、シーズン19の最終回を迎えるそうだ。沢口靖子主催の打ち上げリッツ、もとい、ルバンパーティーは、おっさん好みの様々な内臓肉や珍味各種がトッピングされていることだろう。1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』などを担当。週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』、KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中
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