アニメ業界に「社会の常識」は通じない?
――それから、アニメーターには「長時間労働」というイメージもあります。深夜まで机にかじりついて描き続ける、みたいな。
西位:確かに、担当しているアニメの放映前~放映中は、描いても描いても終わらず、働いている時間はかなり長くなります。そういうわけでムラはあるんですけど、1日の平均作業時間は約10時間、月の休みは平均5日くらいですね。私の見ている範囲では、普段は昼過ぎくらいに始めて、22時~深夜2時くらいまで作業する人が多い印象です。
――やはり普通の会社員に比べると、労働時間は長いですし、あと時間が後ろ倒しになってますね。
西位:出社する人も職場の近くに家を借りていたり、なんなら職場に仮眠室があったりするので、自然と労働時間が長くなりがち、というのはあると思います。
あと、私のように家で仕事をしている人も、オンとオフの区切りがあまりないので、結果的に一日中なんとなく仕事をしているような感じになっていたり。でも実際問題、ずっと仕事ばかりしているかというとそうでもなくて、会社でダラダラとしょうもない話をしていることも多いわけです。そういうのを込みでの長時間労働、という側面もある。
――仕事の話以外で?
西位:結局アニメについて話しているんですけど、「仕事=趣味」だから、これがまあ楽しいんですよ。私が若かった頃は、まだまだオタクが迫害されていた時代で、好きなアニメの話を延々できる環境というのが、それだけで素晴らしかった。
私が最初に通った制作会社は、20代~60代まで幅広い年齢のアニメーターが揃っていて、しかも全員がオタク。中には、私が小さい頃に見て憧れていた作品のキャラデザインを担当してた人も。そこでアニメの話をするのが、とにかく楽しくて、どのくらい楽しいかといえば、もう家に帰りたくないくらい。
そういう環境で遅くまで職場にいるのを長時間労働と言うか?というのもあるんです。ある意味、そうした時間も勉強だったと思いますしね。
――近年は、働き方改革で「労働時間は短くすべし」という方向に世の中が進みつつあると思うのですが、アニメ業界ではどうなのでしょうか。
西位:これも難しい問題なんですよ……。仮に一般的な労働時間に合わせて9時出勤・17時退勤と決めたとしても、どうしても夜型人間が多い業界だけに、朝来てもぼーっとしてしまって仕事にならず、夕方くらいからエンジンかかってくる――みたいなことになりかねない。
つまり、同じ8時間労働でも、出来高がこれまでよりも低くなってしまう可能性が高いわけです。アニメ業界に社会の常識を導入しても、必ずしも上手く行くとは限らないんですよね。
――では、アニメーターたちが直面している、そうした諸問題の背景には何があるのでしょうか。
西位:大きくは、作品が多すぎることによる慢性的な人手不足と、それを解消しようにもお金がない、この2点に尽きるでしょう。2000年以降、テレビ・劇場アニメの制作タイトル数・分数ともに激増している上に、大人向けになっている分、絵もどんどん複雑になってきています。つまり、かかる手間と時間も、それに従い激増しているわけです。
にもかかわらず、単価も納期も人員もさほど変わっていないのが現状です。アニメの作画が著しく低下する、いわゆる「作画崩壊」が発生してしまうのも、こうした事情があるからなんです。
――でも人員に関しては、アニメの人気は右肩上がりですし、アニメーターになりたいという人も増えているのではないですか?
西位:確かに、「数」という意味では、アニメーターは増えていると思います。でも問題は、増えたところで、その人たちがちゃんと描けるのか?ということなんです。今この業界が抱えている問題の一つに、実力が追いついていないにもかかわらず、人手不足だからそれでも雇い続けざるを得ない、ということがあります。
それは、結果的に作品のクオリティを下げてしまう危険を伴いますし、そのマイナスを実力のある人たちがカバーすることになり、彼らも疲弊していく……そうした負のスパイラルがありますね。
――ちなみに、アニメーターの専門学校を出た人たちは即戦力にならないんですか?
西位:いやー、これも難しくて。始めたばかりの頃はひたすら原画をトレスする仕事をすることになるんですが、単調かつめちゃめちゃ難しいんです。でも、これをやることで技術が身につくという側面があるので、すごく重要でもある。このへんの技術を習得してから働き始めたら、それこそ即戦力になるでしょう。
でも、それを学校でやったら、あまりのしんどさと地味さで、退学者が続出してしまうはず。学校もビジネスですから、「アニメーターって楽しそう!」という感じのカリキュラムを組むしかない。でも学校も、仲間ができて、横のつながりができるという利点もあるので、決して悪い選択ではないと思います。