更新日:2020年07月20日 16:18
エンタメ

渋谷ギャルのカリスマ歌姫の今、「ナツラブ」大ヒットから約10年…

ケータイから生まれた“若者たちのリアルな実体験”

MAIKO Julietが歌う等身大の恋愛ソングは、多くの若者たちの共感を得ることになる。そもそもMAIKOさんが歌手を目指したきっかけも“失恋”だったと話す。 「幼い頃から歌うことが好きだったのですが、高校生の頃に失恋をして。そのとき、本気でプロの歌手を目指そうと思いました。毎日カラオケに通っているなかで、歌っているときだけは自分を認めることができたんです」  傷心のMAIKOさんは、カラオケでさまざまな恋愛ソングを歌うなか、ある違和感を覚えた。歌詞が自分の体験や気持ちとはリンクしない、しっくりこない。それならば、自分で歌詞を書いて歌おう。高校3年生のときだった。 「空を見上げて星に願って……みたいな歌詞ってリアルじゃないなって。私たちにとっては、ケータイの画面を見て、『好きな人から連絡こないかな」って願うことのほうが自然だった。メール受信の問い合わせを何度もしていた。それに、表現の仕方も普段の喋り言葉のほうが伝わるなって」  彼氏に送ろうと思ったけど送れなかったメール、ノロケ話、愚痴……ケータイのメモに書き溜められた実体験を、メンバーたちとメールでやりとりしながら、ガールズトークのようなノリをそのままに、歌詞として仕上げていったのだ。

見えた大きな景色

「いつか武道館に立ちたいと思っていたけど、現実はライブハウスでライブを演っても、お客さんがハコの常連客3人ぐらいしかいないみたいな。メンバーとお客さんの合コンかよって……。代々木公園の通りで路上ライブをしていたときは、目の前の渋谷公会堂で演ることを夢見ていたんです。  それがJulietでヒットして全て叶ったときは感無量でしたね。マルキュー(渋谷109)前のステージで開催されたJulietのお披露目イベントでは、たくさんのお客さんが見えた。以前はライブを演ってもほとんどお客さんがいなくて、地面しか見えなかったのにね(笑)」  彼女たちを取り巻く環境は激変した。アルバイトをしなくても暮らせるようになった。だが、いつか貧乏時代に戻るのではないかという恐怖から、生活レベルは変えられなかったと話す。  全国47都道府県をツアーでまわったときは、寝る暇もなかった。ホテルと会場を往復する日が続き、自分が今どこにいるのかさえ定かではない。そんな目まぐるしい生活もメンバーがいたから乗り越えられた。 「しんどくて途中で投げ出したいと思ったこともあるけど、東京でゴールしたときは、そのぶん達成感がありました。本当に夢みたいな日々でしたね」
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アラサーで抱えた葛藤「20代と30代ではぜんぜん違う」
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明治大学商学部卒業後、金融機関を経て、渋谷系ファッション雑誌『men’s egg』編集部員に。その後はフリーランスとして様々な雑誌や書籍・ムック・Webメディアで経験を積み、現在は紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者。若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。X(旧Twitter):@FujiiAtsutoshi

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