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佐々木朗希が、震災の津波で亡くなった祖父母を思い出す味「ロッテのチョコパイ」

チョコパイは、震災の津波で亡くなった祖父母を思い出す味

卒業式での佐々木朗希

卒業式での佐々木朗希

 今思えば、令和の怪物にとってロッテは小さい時から身近な存在だった。佐々木朗希投手が、まだ岩手県陸前高田市に住んでいた頃のこと。自宅の隣に父方の祖父母が住んでいた。同じ敷地内ということもあり、よく出入りをしていた。リビングには決まってお菓子が置いてあった。煎餅とロッテのチョコパイ。それが定番だった。だから佐々木朗希にとって、ロッテといえばチョコパイなのだ。 「おじいちゃんとおばあちゃんの家に遊びに行くとチョコパイがいつもあって、よく食べていました。チョコパイが美味しかった。それが思い出ですし、ぼくにとってロッテのお菓子といえばチョコパイです。すごく美味しかったです」  練習後、ZOZOマリンスタジアムのロッカールームで汗を拭いながら背番号「17」が千葉ロッテマリーンズとのちょっとした縁を教えてくれた。昨年12月の契約会見ではパイの実を手にフォトセッションに応じた。  新入団会見でのそれはコアラのマーチだった。新人恒例の浦和工場見学ではコアラのマーチ、ガーナミルクの生産過程を1時間ほどの工程で見学。「お菓子の工場見学は初めて。チョコレートの味がすごくした」と目を輝かせた。ただ本人がいちばん思い出深いのはチョコパイ。それは2011年の震災の時に津波で亡くなった祖父母を思い出す味だった。

大船渡高校の卒業生にコアラのマーチをプレゼント

 ロッテのお菓子といえば、佐々木朗希は今年3月1日、大船渡高校の卒業式に出席をした際に大量の「コアラのマーチ」を自費で購入し学校に送った。卒業式前に3年生、および1年生、2年生、教職員にサプライズプレゼントするために600個購入し野球部の部員に手伝ってもらいながら全クラス、職員室に配った。サプライズ好きな佐々木朗希がロッテらしいプレゼントをしたいと自分で考えて作り出した粋な計らいだった。 「早い段階からロッテらしいプレゼントをお世話になった皆さんにしたいと思っていました。チョコパイも考えましたけど、チョコパイの場合、一つの箱にいくつか小分けに入っている。コアラのマーチのほうが、一つ一つを一人一人に配りやすいかなと思いました。喜んでもらえたのなら嬉しい」と佐々木朗希は当時を振り返る。  幼少期から身近にあったロッテのお菓子。それは優しかった祖父母を思い出す懐かしい思い出の味。そして時は流れ今、千葉ロッテマリーンズの一員となり背番号「17」としてデビューの準備を着々と進めている。これからもきっと佐々木朗希の近くにはロッテのお菓子はあるのだろう。お菓子とともにプロの道を歩んでいく。 文/梶原紀章 千葉ロッテマリーンズ広報室長。1976年生まれ、大阪府出身。関西大学を経て1999年産経新聞社に入社。サンケイスポーツ運動部では仰木オリックス、野村・星野・岡田阪神を担当。2005年に千葉ロッテマリーンズに入団、広報担当として2005年・2010年の日本一を経験。2006年にはWBC日本代表の広報業務にも従事した。文藝春秋社、朝日新聞社、千葉日報社など各媒体でコラムを連載中。趣味は競馬で、2011年に解散したメジロ牧場の血統を引く馬を追い続けている。著書に『千葉魂』(千葉日報社・現在6巻まで刊行)など。
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