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『JJ』が休刊。「男に選ばれる女に…」の神話が必要だった時代/鈴木涼美

赤文字系のファッション誌として一時代を築き、最盛期の’95年には発行部数約80万部を誇ったファッション誌『JJ』が、’21年2月号(’20年12月23日発売)で休刊することを発表した
鈴木涼美

『JJ』’20年12月号

誰もさわれない『JJ』女子大生の夢/鈴木涼美

「これが私の生きる道」と歌ったのはPUFFYだが、現代を生きる聡明で美しい若い女性たちに、「これが私の生きる道」と断言できる者がどれだけいるだろうか、と思う。  年齢を重ね、経験を重ね、知識を重ねれば重ねるほど見える世界は広くなるのだから、そんな断言はできない方が成熟だとも言えるけれど、常に選択肢の中で揺れながら生きているのは疲れるし、寄るべがない。  だから時々、何か強烈な神話を必要としてきたのだし、それがある時はアムラーだったし、そしてある時は『JJ』だった。  最盛期には約80万部の発行部数を誇った女性誌の金字塔が月刊発行の終了を発表し、事実上の休刊となった。梅宮アンナや梨花など、今でも人気のあるアイコンを世に続々と輩出し、女子大生のファッションを文字通り作り上げ、ブランド志向やお嬢様ブームを牽引した。いまでは当たり前の、読者モデルの地位を浸透させたのも、大学ブランドや憧れの職業の雛型を作ったのも『JJ』だった。
鈴木涼美

『JJ』公式ホームページより

 若者世代の雑誌離れは長く指摘されてきたとはいえ、一時代の終わりという言葉がこれほどずっしりと現実味を帯びてのしかかる瞬間はない。400ページもある漬物石のような雑誌を、嬉々として持ち歩く女子大生の姿は、確かにしばらく見ていない。  何より『JJ』は、女性の生きる道の一つをはっきりと規定する雑誌だった。良い男を見つけて選ばれ、素敵な生活を手にする、そのために高級な女になる、という思想は、多くの女子大生に強烈な夢を見せた。  かつて心理学者の小倉千加子は、「『JJ』が好きでもないのに『女として勝負する』と言う資格はない」と断言した。女として勝負するのか、男と肩を並べて仕事するのか、かつて二方向に分かれると思われていた女の人生の片方を、迷いなく突き進むための拠り所だった。  だから、『JJ』を手放した若い女性たちは、男に選ばれる幸福に最後の餞別を送ったとも言える。単にトレンドや着こなしの紹介ならそれこそいまどき紙メディアに頼る必要もないが、どの雑誌を選ぶかという問題は、どんな神話を信じて生きるのか、という問題でもあった。『JJ』の提供した神話は、高度な教育を受けたところで、やっぱり男に選ばれる女になりたい、という気持ちを全力で肯定していた。  徐々に男女の不均衡や男中心社会の価値観が崩れ、時代が成熟していく中で、上昇婚志向がかつてほど女性を惹きつけなくなった結果、『JJ』も新しい道を模索し続けてはいたものの、最後まで当初の強烈なイメージを完全に変えることはなかった。  80万もの女子大生たちが同じような神話を信じる光景は異常だとも言えるけど、ただでさえままならない人生を生きる女の一人として、いまは女性たちの自由が格段に広がり、選択肢が無数にできたから『JJ』が必要でなくなったのか、と言われれば疑問が残る。強固な神話を手放した先にあったものが、自由だったのか虚しさだったのかは、まだわからない。 ※週刊SPA!11月10日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

おじさんメモリアル

哀しき男たちの欲望とニッポンの20年。巻末に高橋源一郎氏との対談を収録

週刊SPA!11/17号(11/10発売)

表紙の人/ 加藤シゲアキ

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