更新日:2020年10月28日 12:38
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トランプ政権下で咲いた社会運動の新芽たちによる「討伐」を期待したい/鈴木涼美

10月23日、アンドリュース空軍基地に降り立つトランプ大統領とメラニア夫人。最後のテレビ討論会では、トランプ、バイデン両候補が、コロナ対策、人種問題、気候変動、安全保障などについて互いに政策を主張した。現時点ではバイデンが優勢と見られているが、支持率は僅差。「隠れトランプ支持者」の存在が勝敗を左右すると言われている
鈴木涼美

写真/時事通信社

You, you complete me!/鈴木涼美

「おそろしい子!」と言ったのは『ガラスの仮面』の月影先生だが、新型コロナウイルス関連の度重なる逆ギレ、討論での礼節ゼロの態度、NYタイムズによる脱税スクープ、負けたら訴えるという脅迫などのニュース速報が入るたびに、選挙の前にはおとなしく人に好かれようと考える普通の政治家からすれば、心底「おそろしい子!」なのだと思う。次は谷間の空いた服で炎上でもするだろうか。  11月3日に迫る米大統領選でトランプ劣勢を指摘する報道は多いものの、4年前に鼻で笑っていたところでお茶を吹き出した記憶があるだけに、おそろしさは払拭しきれない。  SNSで安易な承認が飛び交う世の中にあって、ワルモノの強さを持たないワルモノが増えたように思う。実際はおぞましい目で憎まれるゴジラのようであっても、雑音をかき消し、一部の支持者の無批判な声だけを通すフィルターの中、温室に守られる植物のように間違った自意識をぬくぬくと育てる。  ワルモノが弱ければ、討伐隊も弱くなる。ゴジラを倒す銃がどんなに高性能なものであっても罪悪感がないのに対し、温室の中の弱々しい植物に見えるものを踏みつけるのは勇気がいるからだ。  そう考えると、病の中、弱々しい同情の声に見守られて退陣したどこかの首相に対して、流行のウイルス感染で入院したところで全く同情を寄せ付けないトランプのワルモノ感は注目に値する。「病人を責めるなんて」と正義ぶった「善意」が温室を取り囲むこともない。  トランプ政権の誕生は、多くのメディアに「ポリコレの敗北」だと称された。果たして、政権発足後、ハリウッドでは女優たちのレジスタンスが、コロナ禍では蔓延る黒人差別への多人種によるプロテストが、歴史的な盛り上がりを見せた。これはトランプの功績ではないが、実際に、トランプ政権下で力強く咲いた花ではある。  だからといってこのようなトップを選ぼうというのは、戦中戦後の反戦文学の盛り上がりが著しいから戦争しようというくらい本末転倒ではある。  ただ、似たような者を傷つけるのであれば、せめて同情の温室から出て目に見える刀を振るってくれたほうが何かしらの花が芽吹くような気がするのは、長い安倍政権下で日本の報道機関や街場の言論がゆるゆるふわふわと骨抜きになっていった苦い記憶のせいだろうか。強いワルモノがいないから花が咲かないとも考えられるし、強いワルモノを育てる土壌がないとも考えられる。  月影先生はこうも言っている。「どんなに影が濃くても光がなければ影はできないのですよ」。  この4年間を、米国の恥ずべき歴史と捉えるか、社会運動の季節と捉えるかは、後世の歴史家たちが各々の解釈をするだろう。ワルモノの息吹で青々と見え出した新芽が、討伐に足るほど育っていれば、それを8年間にすることは阻止できる。 ※週刊SPA!10月27日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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