更新日:2021年11月04日 17:55
スポーツ

落合博満は「奇策はたった一試合だけ」なのに、なぜ策士と呼ばれるのか。その素顔を8年間密着取材した記者が語る

一人で行けば話をしてくれる

『嫌われた監督』の中で、鈴木さんが1人で落合氏の自宅を訪ねるシーンが出てきます。そして、時には自宅で、時には球場に向かうタクシーに同乗して落合氏と話をしています。落合氏のイメージは何も語らないというイメージがあるので、記者にしっかり話をするのは意外に感じられました。 鈴木「正面切って1人でいけば……ですね。これがどういう意味ですか? どう考えているんですか? には応えてくれましたね。ただし、人事とかそういうことは絶対に口を割らない」  1人でいけば話してくれるというのは、なんとなく意外ですね。 鈴木「野球の現場って“記者クラブ”が存在するんです。発表があるときは幹事社(※注1)を通して……みたいな。  だけど落合さんが来てからその組合的なものが破壊されまして、機能しなくなりました(笑)。それが元でギスギスしたって点もあるんですが、記者達の間で競争が生まれたというのもあるんです。  記者同士はギスギスするし、球団から下りてくる情報はほとんどない。でも、落合さんや近い筋から取材した人は特ダネが書ける」 (※注1 幹事社とは、試合後に行われるインタビューなどで代表して質問したり、その現場を取り仕切る新聞やテレビ局のことをいう。幹事社は各社持ち回りで代わる。日本の野球メディア独特の制度でもある)  試合に行かずに落合氏の自宅に行って特ダネを連発した夕刊紙の記者がいるという話も聞いたことがあります。 鈴木「そうですね。1人で落合さんのところへ行って聞いてみようという人はネタがとれた。そうなると、それ以外の記者は面白くないわけです」

落合氏とのやり取りは常に緊張感が……

 鈴木さんが本の中でも書かれているように、落合邸に何度も行かれて、信子さんからも「中入りなさいよ」と言われるようになっていたと。落合氏との関係は構築できてたようですね。 鈴木「それでも確証は持たせないというか。例えば、1年でも2年でもかけて何度も家に行けば阿吽の呼吸といいますか、内緒だけど実は……というやり取りって生まれるものですが、落合さんはそういうのはない。関係が構築できたかどうか常に不安というか。緊張感があるんですよ」 『嫌われた監督』の中でも落合氏の自宅へ向かう描写からはピリリと張りつめた空気が滲み出ていますよね。読んでいて、鈴木さんを包み込む緊張がひしと伝わってきました。 鈴木「そうですね。行く時は駅から落合さんの家まで『今日は何を聞こうか……』と考えて緊張しながら歩いていました。あのやり方ってしんどいんですよ(苦笑)。常に真剣勝負というか」
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策士落合博満が生まれた試合
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日刊SPA!編集。SPA!本誌では谷繁元信氏が中日ドラゴンズ監督時代に連載した『俺の職場に天才はいらない』、サッカー小野伸二氏の連載『小野伸二40歳「好きなことで生きてきた~信念のつくり方~』、大谷翔平選手初の書籍となった『大谷翔平二刀流 その軌跡と挑戦』など数多くのスポーツ選手の取材や記事を担当。他にもグルメ、公営競技の記事を取材、担当している

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