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何の意図もなく「五輪字幕問題」を起こしてしまうNHKの希薄さ

『出家詐欺』での再発防止策がまったく守られていなかった

NHKイメージ 東京五輪の公式記録映画(6月公開予定)に密着したNHK・BS1の番組「河瀨直美が見つめた東京五輪」(2021年12月26日放送、12月30日再放送)の“字幕捏造”問題。ある男性が五輪反対デモに「お金をもらって動員されている」と、NHKが虚偽の字幕を付けて放送した。  NHKは2月10日、調査報告書を公表し、「担当ディレクターが問題はないと思い込み、真実に迫る姿勢が欠けていた。上司の確認にも問題があった」と結論づけた。  この内容に「納得できない」という方が多いと思うが、実はその5日後、部外秘で内部の全管理職を対象に、全国の放送局をオンラインで結んだ説明会が開かれていた。NHKに31年間勤めた私は、その内容を知って事態の深刻さを痛感した。  説明会の最後に、正籬聡・NHK副会長がかなり長めに発言している。その言葉にNHKの危機的な状況が象徴的に表れているので、詳しく紹介する。 「今回の事案の深刻さについて2点。1点目は、『出家詐欺』であれだけのことがあった。2017年にはTOKYO MXの『ニュース女子』、沖縄基地問題の特集に関するデモの日当問題も物議を醸して、BPO(放送倫理・番組向上機構)で重大な放送倫理違反だと認定された。そういうことがあったのに、なんでまたこんなことになっているのか。『出家詐欺』で再発防止策を決めたのに、なんでやっていないのか。まったくNHKは決めたこともやらない、そういう組織だと見られている」 『出家詐欺』とは、2014年にクローズアップ現代で放送された番組。「必要な裏づけ取材を欠いたまま断定的に放送した」などとして、重大な放送倫理違反があったとBPOで指摘された。『ニュース女子』は、番組制作会社のDHCテレビジョンが制作し、2017年に東京メトロポリタンテレビジョン=TOKYO MXで放送された番組だ。沖縄の米軍ヘリコプター発着場の建設に反対する人たちを取り上げた内容をめぐり「重大な放送倫理違反があった」とBPOに指摘された。  これだけの重大事案が過去にあり、特に『出家詐欺』はNHKの番組だから、再発防止のためさまざまなルールを設けた。ところがそれがまったく守られていなかった。それも重大な問題だが、さらに深刻だと正籬副会長がとらえているのは次のことについてだ。 「2点目は、これは本当に深刻だと思う。みなさんの疑問ももっともだが、調査チームの話を聞く限り、深い事情はない。本当にこの程度なのか、ファクトの確認、真実に迫る姿勢がNHKはこんなレベルなのかと、そのことのダメージは非常に大きいと思う。これは皆、悔しい思い、信じられない思いの人が多くいると思います。私もそうです。そういう目で視聴者は見ている、そういう事態に陥ったという意味で今回の事案は相当重い、深刻なものだと思っている。そのうえで前に向かって進んでいかなければならない」

番組制作にかかわるすべての部局に品質管理責任者

事実ではない字幕がつけられた(NHK・BS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」より)

事実ではない字幕がつけられた(NHK・BS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」より)

 問題の番組のディレクターが、オリンピック反対デモに参加する人たちをおとしめるために「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」と意図的にウソの字幕をつけたのだとすれば、行動としては間違っていても“動機”としてはわかる。だから誰しも「そういう意図があったのだろう」と思う。  ところが説明会では、番組制作者にそんな意図はなかったという。「五輪反対デモにお金をもらって参加」と放送したら、どれほど大きな反響があるかをまったく考えていなかった。調査の担当者も「そうではないだろう」と疑って、何度も何度も制作担当者に真意を問いただしたが、いくら調べても何も裏がない。深い事情のないまま、こんな大それた問題を引き起こしてしまった。そこで正籬副会長は、今後とるべき道について語る。 「皆さんに確認しておきたいことは、社会課題にしっかり向き合った骨太の番組を出していくことに変わりはないんです。さまざまな社会課題に向き合って、問題を取材しニュースや番組で出していくことに変わりない」 東京五輪イメージ そのために今回、再発防止のため番組制作にかかわるすべての部局に番組内容をチェックするコンテンツ品質管理責任者を置くことにした。 「品質管理責任者が何をチェックするか。正確なのか、公平公正なのか、人格は尊重しているのか、品位節度は守られているのか、をチェックする。多角的な視点で捉えているのか、を見るんです。社会課題に向き合うニュースや番組を出すためにも、このコンテンツ品質管理責任者を軸にチェックしていく。そのためにやるんだということをぜひ認識してもらいたい」
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ジャーナリストとしての良心をぶつけ合っているか
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