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日本のメディアは何に恐れ、萎縮しているのか?<著述家・菅野完氏>

萎縮の成れの果て

マスコミ

写真はイメージです

 戦中の日本の新聞といえば、伏せ字や空白だらけだったことが特徴だろう。  満州事変前後から新聞に対する弾圧は加速し、真珠湾攻撃以降、朝日・毎日などの大新聞は、ほとんど政府の代弁機関に成り下がってしまった。新聞への弾圧を〝合法化〟していたのは、治安維持法と新聞紙法の二法。特に後者は事細かく「記述禁止事項」を規定しており、少しでも違反すると新聞は発売停止に処せられた。紙面に溢れる伏せ字や空白は、それを避けるために新聞社が重ねた工夫の産物だった。さらには当時の世論にささえられた民間の右翼団体などが、気に食わない記事が掲載されるやいなや、新聞の広告主に「あんな新聞に広告を載せるのか」と捩じ込み広告を取り下げさせたり、一般市民を煽って不買同盟を形成したりして、新聞社を経済的に追い詰めることが頻発していた。  戦後、読売新聞の「編集手帳」の名コラムニストとして名を馳せることとなる高木健夫は、戦中の新聞社内の様子をこう回想している。  「報道差し止め・禁止が毎日何通もあり、新聞社の整理部では机の前に針金をはって、差し止め通達をそこに吊るすようにしていた。この吊るされた紙がすぐいっぱいになり、何が禁止なのか覚えるだけでも大変。頭が混乱してきた。禁止、禁止で何も書けない状態になった」  当時の新聞は〝書けること・書くべきことを書く〟よりも、〝書いてはいけないことをいかにして書かないか〟に神経を使うようになってしまったのだ。そうして知らず知らずのうちに、戦争に加担し、日本を未曾有の国難に叩き込みアジア近隣諸国に多大な被害をあたえる加害者の一員になってしまった。

名指しを避ける現代のメディア

 いうまでもなく、戦後のメディアはこうした戦前の新聞の失敗の反省に基づいて、再出発をしている。しかしあれから77年。この反省はどうやら忘れ去られようとしているようだ。  去る5月3日、憲法記念日にあわせ、東京・永田町の砂防会館で「公開憲法フォーラム」なる集会が開催された。基調講演は櫻井よしこ。その後、田久保忠衛や百地章など、いわゆる〝改憲派〟の「識者」によるスピーチが続く。この段階でわかるように、この集会は改憲にむけた機運をたかめようと行われたものだ。政界からも古屋圭司・自民党憲法改正実現本部長(衆議院議員)、足立康史・日本維新の会政調会長(衆議院議員)など、改憲に前向きな各党からの出席者が顔をそろえる。岸田首相も自民党総裁の肩書きで、この集会にビデオメッセージを寄せた。  中でも見逃せないのが国民民主党代表の玉木雄一郎の参加だろう。玉木は居並ぶ観衆にむかって「我々国民民主党はこうした議論から逃げずにしっかり議論を深めていくことをお約束する」と大見得を切って見せた。国政政党の代表が改憲集会に自ら足を運んで参加する事例は極めて異例であるばかりでなく、ここまで明確に自らの口で〝改憲へのコミットメント〟を表明するのは異例中の異例だ。ましてやこの宣言は国民民主党の〝実質的な野党離脱宣言〟でもあるわけで、いわゆる「政治部ネタ」として大きな出来事だろう。  しかしこの集会に関する報道は実に奇妙なものだった。繰り返すが、いかに「自民党総裁」の肩書きとしてではあれ内閣総理大臣がビデオメッセージを寄せる集会である。そして国民民主党が代表自らの口で実質的に改憲勢力であることを言明した極めて重要な集会であった。にもかかわらず、この集会の主催者に対する言及がひとこともないのである。  時事通信の報道を見てみよう。  「一方、改憲派は千代田区の砂防会館別館で『第24回公開憲法フォーラム』を開き、主催者発表で約500人が参加した。ジャーナリストの櫻井よしこさんは『ウクライナ問題は、中国に結び付けて考えて準備しなければ、わが国の命運はどうなるか分からない』と指摘。『(日本が)アジアの真のリーダーとなるような心構えを持ちたい。そのための第一歩が憲法改正だ』と強調した。岸田文雄首相も改憲に向けたビデオメッセージを寄せた」(「護憲、改憲両派が訴え 3年ぶり大規模集会 憲法記念日」5月4日配信)  毎日新聞はもっとあっさりしている。  「岸田文雄首相(自民党総裁)は3日、東京都内で開かれた憲法改正派の集会にビデオメッセージを寄せた。首相は緊急事態条項の新設や、9条への自衛隊明記などを盛り込んだ自民党の改憲案4項目について『いずれも極めて現代的な課題だ。早期実現が求められる』と、あらためて意欲を示した」(「首相『緊急事態条項、真剣に議論を』 改憲派集会にメッセージ」5月4日配信)  このように、総理がビデオメッセージを寄せ、国民民主党が代表自らの口で改憲勢力への合流をコミットした重大な集会であるにもかかわらず、主催者団体について「改憲派」という言葉で誤魔化し名指しでの言及を避けている。
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クレームを恐れるメディア
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