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「おたくの息子さんは人間のクズ」…他者を見下す両親と縁を切った50代女性の告白

小学校3年生の頃に「苦しみの原体験」が

 苦しみの原体験は何か。その答えと向き合うために、槇原氏はゲシュタルト療法で用いられる“エンプティチェア”の技法を使ったことがある。同技法は、空の椅子を向かい合わせにして片方に自分が座り、対面する椅子に思いを伝えたい誰かが座っていると仮定して感情を吐露するというものだ。 「自分でも意識しなかったのですが、小学校3年生の頃の私が立ち現れました。当時、ちょうど東京都へ転居してきたばかりで、母はもっと遊びたい私をピアノに連れて行くためにすごい形相で睨んでいたのを思い出しました。私が近所で遊ぶのを快く思っていないところがあって、『その辺の長屋の子どもじゃあるまいし』と言われて育ちました。環境がガラッと変わるなかで、母も辛かったとは思いますが、私はただうつむいて耐えるしかなかったんですね」

人前で話す職業に就いたのは「過去の精算」

 槇原氏は親との関係性が与えた自身の生き方について、こんなふうな見解を示す。 「私は親から愛情が欲しくて、親は親なりの愛情をくれていたのかもしれないけれど、それは私が欲しいものではありませんでした。『私の思いは親に伝わらない』という原点をはっきりと自覚しました。伝わらない、一方通行の愛情は、永遠の片思いです。  そのぶん、本来幼い頃に親からもらわなければいけなかった愛情や優しさの空席を、歌や書籍などの文化芸術で補ってきました。  私が人前で話す職業に就いたのは、“人に思いが伝わる”ことの魅力、その一点にあります。家族のなかで本音を話せず、自分の思いを打ち明けられなかった過去の精算なのかもしれません」  しゃべりを生業とする研磨された声が耳の奥に響く。槇原氏がその澄み切った発声を獲得するまでの道程に思いを馳せると、うまく感情を伝えきらないもどかしさに頬を歪ませる小学生の頃の氏が浮かぶようで、歯がゆい。 <取材・文/黒島暁生>
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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