雑学

ヒデオ・イタミはWWEグローバリゼーションの実験プロジェクト!――フミ斎藤のプロレス講座・第7回

 すでにマスメディア各方面で報じられているとおり、KENTA(元プロレスリング・ノア)がヒデオ・イタミHideo Itamiの新リングネームでWWE/NXTデビューを果たした。スーツ姿でのスピーチと“乱闘シーン”が生中継されたのがさる9月11日(現地時間)のNXT2時間番組“Taking Over”ワク内で、TVマッチ(試合)のデビュー戦が翌12日。場所はいずれもフロリダ州ウィンターパークのフルセイル・ユニバーシティー内NXTスタジオだった。

WWE

「WWE」HPより

 WWE/NXT初登場シーンは、ドア・トゥ・ドア――入場ゲート登場シーンからTVカメラが実況席にスウィッチするまで――で約8分間の1セグメントだった。WWEにあまりくわしくない人たちのためにちょっとだけ説明しておくと、NXTはWWEのデベロプメンタル(育成)団体で、そのTVショーはWWEネットワークでネット中継されている。ヒデオ・イタミのNXTデビューは、MLBに例えるならば、マイナー・リーグからのスタートということになる。

 まず、NXTゼネラル・マネジャーのウィリアム・リーガルによる「ニュー・サイニング(新契約)の選手を紹介します」というイントロダクションからはじまった。リーガルは現役時代はイングランド、日本、WCW、WWEで活躍したヨーロピアン・スタイルのテクニシャンで、アントニオ猪木が現役時代に最後のアメリカ遠征(94年8月=WCWクラッシュ・オブ・チャンピオンズ)をおこなったときにその対戦相手をつとめ、新日本プロレスのリングでは橋本真也が保持していたIWGPヘビー級王座にも挑戦(95年4月)した大物。あのビル・ロビンソンを彷彿させるキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの正統な継承者で、目の肥えた日本のファンを「こんな古典派がまだ生息していたのか」と驚かせたことで知られている。

 リーガルGMによるイントロダクションのあいさつは「彼をこうして紹介できることを、私は誇りproudに感じ、光栄honoredに思います」だった。プラウドとオナードというふたつの単語がKENTAへの期待度の高さをストレートに表していた。

 Household Name(名の通った人物、一般的知名度が高い)
 One of the greatest star of Japanese wrestling history(日本のプロレス史におけるもっとも偉大なスターのひとり)
 International Sensation(国際的センセーション)

 リーガルGMはこういった賛美の形容詞で新顔を紹介し、入場ゲート上のスクリーンには“KENTA”という文字が映し出された。WWEのリングにニューカマーが初登場するさい、こういった形でかつてのリングネームや元所属団体での経歴が明らかにされるケースはほとんど前例がない。たとえば、“イエス・ムーブメント”を巻き起こしたダニエル・ブライアンの前名がブライアン・ダニエルソンだということをWWEユニバースはまったく知らない。

「きょうからオレはヒデオ・イタミとして新しいスタートを切ります。みんなのヒーローになれるように、このリングでベストを尽くします」

 KENTAはまず日本語でこうあいさつをしたあと――観客席がざわざわしはじめたタイミングで――英語でのスピーチに切り替えた。約1分間のスピーチを要約するとこんな感じになる。

「ぼくの夢が実現した!This is a dream come true. WWEに来ることができ、このNXTのリングに立つことができてとてもハッピーです。I am very happy to be in WWE and on NXT. ぼくの目標はNXT王者になることです。My goal is to become NXT Champion. ぼく自身のヒーローへのトリビュートとして、ぼくはヒデオ・イタミという名でがんばっていきます。As a tribute to one of my hero, I will be known as Hideo Itami」

 次の瞬間、入場ゲート上のスクリーンには“Hideo Itami”というグラフィックが映し出された。かなり入念なリハーサルをくり返したのだろう。それほど長いスピーチではなかったけれど、途中でつっかえることはいちどもなかったし、それよりもなによりもフツーのアメリカ人が聞いてもなんのトラブルもなく理解できる、きれいな発音で英語のスピーチをまとめたのはちょっと驚きだったし、ひじょうに大きな収穫だった。

 また、べつの視点からとらえるならば、それが日本のプロレス界でトップスターだったKENTAであっても、どこの国のどんなバックグラウンドをもったアスリートであっても、このくらいの英語のやりとりをハンドリングできなければその場所に立つことはできないということなのだろう。やっぱり“郷に入っては郷に従え”、メジャーリーグに入ってはメジャーリーグに従え、WWEに入ってはWWEに従え、なのである。

 ヒデオ・イタミとリーガルGMがリング上で握手を交わすと、こんどはヒールのタッグチーム、ジ・アッセンション(コナー&ビクター)が乱入してきた。アッセンションの片割れコナーが「再戦をさせろ!」と叫びながら、いきなりヒデオ・イタミの首根っこをつかんでリング下に放り投げた。どうやら、ルチャ・ドラゴンズ(シン・カラ&カリスト)に奪われたNXTタッグ王座のリターン・マッチを要求しているようだ。

 ヒデオ・イタミはすばやくリング内に戻ると、スーツを脱ぎ捨て、ネクタイをゆるめて臨戦態勢モードに入った。このあたりの動きには“言語の壁”はない。ヒデオ・イタミはコナーのクローズラインをダックすると、ビクターにはカウンターのビッグブーツ。くるっとふり返ってコナーに右のエルボー2発からローリング・エルボー。またくるっとふり返って、ビクターに右のエルボーと左のミドルキックをお見舞い。場外に落ちたコナー、ビクターがエプロンに上がってくると、こんどはリング内からの“ひとりダブル・ドロップキック”でアッセションのふたりをリング下にたたき落とした。

 それからヒデオ・イタミはするするっと場外に降りると、スチール製のイスを手にして、またすばやくリング内に戻ってきた。これがレイ・ミステリオか、あるいはCMパンクあたりだったりすると、場外に落ちたアッセンションのふたりに向かってトペかプランチャを放つシーンなのだろうけれど、ヒデオ・イタミはそのイスをリングのまんなかに置いて、そこにどっかりと座って「カマン、カマンCome on!」のポーズをとった。実況アナウンサーが「いきなりすごいインパクト!」と叫び、“乱闘シーン”は終わった。

 ヒデオ・イタミ、あるいはHideo ItamiのWWEデビューのインパクトがどのくらいのものなのかを探るには、やっぱりグーグルで検索してみるのがいちばん手っとり早いかもしれない。それぞれのヒット件数は、英字のHideo Itamiが約24万4000件で、カタカナのヒデオ・イタミが約6万7000件。KENTAで検索すると約2860万件というものすごい数字になるが、ためしに、漢字の“伊丹英雄”で検索してみると約5190件だった(いずれも9月17日午前10時現在)。同姓同名の伊丹英雄さんという人物もいるようで「我が軍隊記、昭和17年、和歌山歩兵第六十一連隊入隊」という元軍人さんや「国際雪割草協会、野生植物・昆虫研究家」という人がヒットする。

 いまのところヒデオ・イタミの漢字表記は発表されていないが、ネット上では「ヒデオは野茂英雄の英雄で、イタミは映画監督の伊丹十三の伊丹だ」という分析が多く、「ヒデオは英雄と書いてヒーロー、伊丹を逆読みするとミタイだから、“観たいヒーロー”という意味なのでは」という意見もあった。小橋建太は「なんでその名前?と思うだろうけど、いつか慣れてくる。コバシと一緒で3文字。コールしやすい」、高山善廣は「彼はもともと野球小僧だから、野茂英雄のヒデオだろう」とコメントしていた。

斎藤文彦

斎藤文彦

 翌12日、NXTのレギュラー番組でデビュー戦をおこない、ジャスティン・ガブリエルを下したヒデオ・イタミは、試合後のバックステージ・インタビューで「オレの名前を忘れるなよ、オレの顔を忘れるなよ、Don’t forget my name, Don’t forget my face!」と早口の英語でまくし立てた。ひょっとしたら、これはヒール路線へのヒントかもしれない。WWE世界ヘビー級王者ブロック・レスナーのブレーン、ポール・ヘイメンは「KENTAはヒールでトップグループに入れる。ダニエル・ブライアンのヒール版みたいな……」とほのめかしている――。

文責/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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※このコラムは毎週更新します。次回は、9月23~24日頃に掲載予定!

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