“テンポの漫才”は賞レースで勝てるのか? ユウキロック×ノンスタ石田 対談
漫才には、さまざまなスタイルがある。ハリガネロックとNON STYLE。両者ともにボケ数の多い“テンポの漫才”が信条である。しかし、同系統でありながら、ハリガネロックはM-1を穫れず、NON STYLEはグランプリに輝いた。賞レースで勝つために、その信条を貫くべきか……。
己の漫才を追求し続けたゆえの葛藤を綴った『芸人迷子』(扶桑社)。今回は、その著者であるユウキロックと石田明が対談。これまでほとんど接点のなかった2人だが、じつは「NON STYLEが重要なキーを握っている」のだという。果たして、その理由とは?
ユウキロック(以下、ユウキ):僕が『芸人迷子』という本を出したんですけど、石田君は読みました?
石田:はい。僕は中学校の頃から「(心斎橋筋)2丁目劇場」の追っかけを始めまして。シェイクダウンさんにひと目惚れしたんです。それで出待ちしているときに、千原ジュニアさんに足踏まれたりとかあって(笑)。のちに、僕自身が2丁目劇場で「ワチャチャブレイク」というお笑いライブにも出るようになるんです。まだNON STYLEとして井上とコンビを組む前に。
ユウキ:そうだ、元々はピン芸人だったもんね。名前なんやったっけ?
石田:“ジャッジメント石田”です。“ほりごたつ”というトリオ時代もありました。鮮明にあの頃のことも覚えていたりするので、本の内容で身近な話もたくさんあって。例えば、賞レースでネタを急遽変えるとか、相方に思うこととか……あとは、相方に思うこととか、相方に思うこととかね(笑)。これって、そのコンビを組んでいる当人にしかわからないことで、まわりにいる近くの人でも絶対にわからないこと。さらに言うと、相方が思っていることさえ、ハッキリ言ってわからへん。僕もどっちかっていうと分析しながらやるほうなんですけど、それなんか比にならんぐらいいろいろと分析してはって。あのとき、こんな思いや葛藤があったんや、とかね。読むのがツラかった部分もあります。
ユウキ:同じ職業だった人からするとね……。
石田:一時、NON STYLEもハリガネロックの“ぼやき漫才”に憧れて、合わせ技とかやったりしてました。
ユウキ:じつは今回、石田を呼ばせてもらったことには理由があって。この出版記念トークライブで、中川家やチュートリアルの徳井君にも来てもらった。中川家は俺と同期、徳井君は一番近い後輩で。石田って案外、俺と接点なかったもんね。というか、2000年ぐらいがデビューだっけ?
石田:はい、2000年デビューです。
ユウキ:俺はもう2001年、2002年ぐらいに東京行ってるから、ほとんど接点はないんやけど……じつは、NON STYLEが重要なキーを握っているというね。それで今回は呼ばせてもらったわけ。漫才の系統で言ったら、NON STYLEとハリガネロックは同タイプやと思っていたから。
石田:僕もそう思ってました!
ユウキ:テンポを活かしながら、ボケ数をちょっと増やすという。ぶっちゃけ、NON STYLEに対して、最初はあんまりいい印象がなかったのよ。その理由は、井上が笑いながらツッコミやるのよ。俺、笑いながらツッコミやる人、むっちゃ嫌いやねん(笑)。
石田:わかります、わかります、すげえわかります!
ユウキ:とはいえ、やっぱりNON STYLEは同タイプだと思って。大阪で『ZAIMAN』という番組があったんだけど、俺たちはあんまりハマらなかった。出たり出なかったりぐらいで。そのZAIMANで、トップにあったのが中田カウス・ボタン師匠。そもそも漫才のタイプがハリガネロックとは全然違うから……難しかったのもある。
石田:はい……。
ユウキ:俺らみたいなタイプの中では、オール阪神・巨人さんがトップ。それでM-1が始まったけど、当初は巨人師匠は審査員をやっていなかったから。どっちかと言えば、M-1はカウス・ボタン師匠のタイプが強かった大会。俺らが出場権なくなって、NON STYLEがまだ戦っている最中の頃で、忘れられない出来事がある。東京に出てきて、テレビ番組の『PON!』に出てたよね?
石田:出てましたね。
ユウキ:「M-1、準決勝でダメでした」みたいなことを、次の日の朝に言うてんねん。俺はそれを見て「そらアカンよ、M-1は獲られへんよ。だって、俺らとNON STYLEは同タイプやねんから。ハリガネロックが散々アカンと言われて負けたんだから」って。
石田:うーん。
ユウキ:にもかかわらず、次の年(2008年)にNON STYLEがチャンピオンになるんですよ。ボケの数を限界値まで増やすどころか、さらにそれ以上まで増やして。そこで、やっぱり“信条”を貫くべきなのかと思って。俺はもう、ぐうの音も出なかったよ。自分で自分を諦めていた節もあったし。ハリガネロックの漫才にも。その後、ブラマヨの漫才に触発されて、もう一度、自分らの力に賭けるんやけど、「漫才アワード」でアカンくて、やっぱり変えるんだよね。でも、NON STYLEは変えずに、自分たちのスタイルを突き詰めてアレに辿り着いた。
石田:そうですね、なんとか。
ユウキ:だから、もう自分の言い訳すらさせてくれない人たちが、NON STYLEなワケ。
石田:わあ、それはうれしいな。
ユウキ:漫才の系統としては、テンポのある漫才。そのNON STYLEがタイトルを獲ってんのよ。M-1の流れを変えるキッカケにもなった。ココから、俺がいま思っている“現状”の話をするね。
石田:現状の話?
ユウキ:この前の……井上の……まあ、“事件”があって(笑)。その後、復帰して。「ENGEI グランドスラム」のネタを見て思ったんです。もうね、NON STYLEは、やすきよになりました。だから俺は、NON STYLEがトリを取らなアカンと思うで!
石田:うわあ。でもね、じつはM-1ぐらいから“勝つための要素”を意識し始めていたんです。それをテンポを保ちながら、落とし込んでいくという。
ユウキ:やっぱり。皆さん、日ごろ漫才をやってて、あんなにウケてんやから別にええやんと思うかもしれないけど。M-1やタイトルを獲らない限り、芸人として道が開けなかったりもするんだよね。だから、審査員の好みにも合わせにいくしかなくなる。人生が賭かっているのだから。審査員同士もライバルだから難しいんだけど、それぞれの要素をうまく突いて、事件も起こして……もう、やっさんですよ。
石田:井上がやっさん、俺はキー坊ですか!
ユウキ:今のご時世からして茶化したらアカンけども。こないだの漫才みたいに「免許の再発行」とか「謝罪会見」とか入れながらね。もう早く次にいけって思ってしまうねん。ネタからするとそう感じるからさ。
石田:軽めのやつを先にいっておいて、これで終わりかな、と思わせておいて(笑)。
ユウキ:とはいえ、いまの現状ってNON STYLEがポップな感じだから、軽く見られてるんちゃうかなと。俺は、そろそろトリでもいいんちゃうかなと思うのよ。
ハリガネロックとNON STYLEは同系統の漫才
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明治大学商学部卒業後、金融機関を経て、渋谷系ファッション雑誌『men’s egg』編集部員に。その後はフリーランスとして様々な雑誌や書籍・ムック・Webメディアで経験を積み、現在は紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者。若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。X(旧Twitter):@FujiiAtsutoshi
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『芸人迷子』 島田紳助、松本人志、千原ジュニア、中川家、ケンドーコバヤシ、ブラックマヨネーズ……笑いの傑物たちとの日々の中で出会った「面白さ」と「悲しさ」を綴った入魂の迷走録。 |
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