ライフ

ギャルブランド「セシルマクビー」閉店が象徴する若者の場の終焉/鈴木涼美

’90年代後半~’00年代のギャル文化を牽引したファッションブランド「セシルマクビー」全43店舗閉鎖が発表された。全盛期には年間売り上げ166億円を記録したギャルブランドの終わりを惜しむ声も多い。 109

セシルの終末/鈴木涼美

 今となってはバブリーで煌びやかな印象が強いSHIBUYA 109だが、実はあのギャルの聖地は不景気とともにその地位を確立した。20~30代向け複合ビルとして開業したが、景気の低迷で高級宝飾店などの売り上げが減少、唯一売り上げを落とさず人気を集めていたのが地下1階にあった10代女性に人気のme Janeだった。  そこに目をつけた東急グループが、若者向けファッションに特化した方向に舵を切る。客単価は高くないが、不景気の煽りを受けにくい10代から20代前半の女性たちは、バブル崩壊後も購買欲が衰えなかった。  売る側からも若さを支えた。テナント区画を細かく区切って、資金力のないインディーズブランドが入居できる仕組みを確立。「文化の発信地」というのは大袈裟な表現ではなく、若者の「欲しい」「なりたい」「売りたい」をその場で生み出し、109の小さな区画から全国区に成長した店は数多ある。  ショップ店員が人気を獲得することでプロデューサーへのし上がっていくサクセス物語も多く生まれた。若者にとっては単に消費する場でなく、消費される場にも、成功を掴む場にもなった。  ’98年にZARAが、’08年にH&Mが日本での店舗展開を始めたが、その折にも109の売り上げが衰えることはなかったのは、商業施設としてのブランドが確立していたことも大きいが、そういう、わざわざ出かける場所としての魅力があったからだ。  売り上げに陰りが見え出したのは2010年代に入ってからで、韓国系ネット通販の攻勢などが理由に挙げられがちだが、それ以上に、指先一つで人やモノと繋がれるスマホSNS世代の若者が、人混みをすり抜けてまで集まる場所を求めなくなった大きな流れがある。  コロナ禍の売り上げへの打撃などを理由に109の2階に大型店舗を構えていた代表的なブランド「セシルマクビー」が、全店舗を閉鎖する。109の中でも低価格で手軽に手に取れるため、「これを持っていればイケてる」というブランドとしての求心力はそれほど高くなかった。  ただ、109に入れば必ず目につく場所で一番早く流行の服を仕入れる同店の服は、なんだかんだ使い勝手が良く、みんな思っているよりたくさん持っていた。目立つボディに流行服を着せ、ガンガン音楽を鳴らす店舗の光景はいかにもギャルの聖地で、場所としての109という意味では最も象徴的なブランドだった。  新型コロナウイルスの流行は、場を求めずに繋がるという大きな流れを丸ごと肯定して3歩先に進めつつある。セシルの終幕も少し早まっただけかもしれないし、これが若者の場の終焉の序章かもしれない。もともと山に籠るアーティストや辺境の山に登る作家だって生きているのだけど、多くの人が若さへの「場」の支えなく生きられるほど強いのかというとちょっと不安になる。  少なくとも私は109のエレベーターで2階から3階に上がるあのタイミングで、流行服をきた人工のボディと流行の服を着た生身の肉体が並ぶセシルを上から眺めながら、自分と同じくらい取るに足らない若いオンナなんて死ぬほどたくさんいると思って、日々安心してくだらない人生を送れたのだけど。 写真/時事通信社 ※週刊SPA!7月28日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

おじさんメモリアル

哀しき男たちの欲望とニッポンの20年。巻末に高橋源一郎氏との対談を収録

週刊SPA!8/4号(7/28発売)

表紙の人/ ゆきぽよ

電子雑誌版も発売中!
詳細・購入はこちらから
※バックナンバーもいつでも買って、すぐ読める!
おすすめ記事