進化も変化も拒んできた自民党の口から進化論が出る驚き/鈴木涼美
安倍首相は6月20日に出演したインターネット番組で、自民党総裁としての任期中に憲法改正の是非を問う国民投票を実施したいと発言。自民党公式ツイッターもダーウィンの進化論に結び付けて「唯一生き残ることができるのは、変化できる者である」と改憲を訴える4コマ漫画をツイッターに投稿するなど改憲への意欲を改めて示していたが、「ダーウィンはそんなことは言っていない」と非難を浴びている
若いネエチャンとして夜の街に出て面白いのは、「偉そうなおじさん」というのが具体的にどういう事態なのか、非常に楽しい実例を夜毎目撃できることだ。キャバクラでお金を払ってまで威張る男を見ていると、おじさんは根拠なく威張るが、根拠の代わりに拠り所が欲しいのか、権威ある名前を口にする人が実に多い。
ビル・ゲイツと会ったとか、ピカソが愛したカフェがどうとか、ポルシェの技術は凄いとか、完全に「偉いのはアンタじゃない」感があるけど、その最終形に、人の名言の威を借る珍言というのがある。単に若いネエチャンの無知を嗤うだけならまだ可愛いが、多くは名言の文脈を無視し、都合よく意味をねじ曲げるので非常に有害だ。
思い出せる範囲で一番アホくさかったのは、「昔、松下幸之助だって『とにかくやってみないと始まんない』って言ったんだよ」と枕営業を熱烈希望してきた人なのだけど、そういう人は実際に枕をするとその後いまいち店に来なくなるのも私の経験でやってみて道が開けるのではなくそこが終着駅なので、もちろん松下イズムとは関係がない。
自民党広報がネット上で公開した漫画が、ダーウィンの進化論を乱暴に誤用していることに批判が集まっている。実際漫画に登場する「唯一生き残ることができるのは変化できる者」というフレーズは、ネットのいい加減な名言集やインチキくさい経営者などもダーウィンの言葉として乱用していて、当の広報も朝日新聞などの取材に対し、「わかりやすく理解してもらうために、表現」したなどと答えていることから、厳密にはこれがダーウィンの真髄でないことはわかった上で使用したことになる。
基本的に進化も変化も拒んできた自民党の口から進化論が出るのも驚きだが、Twitterなんていう今となっては新聞よりも広まりやすいメディアを使い、突っ込み所満載の漫画を出したことが不思議でならない。国際的に日本人が馬鹿だと広報したことになるし、別に「進化論を使って憲法改正を正当化してください」という無茶振りなど誰もしていない。単に国が進化すべき、と言いたければ、得意の電通に頼んで、気の利いたコピーでも作ればいい。
ダーウィンが現状の日本を見て改憲を勧めるかどうか私は知らないが、少なくとも彼は、かの大戦で日本が奪った同胞ないし近隣国の命の数は知らないわけで、敗戦から始まった今の日本が内包すべき歪さを保持すべきか正すべきかの議論には参加できない。
150年以上前の死者の名前を文脈無視で掲げたい与党は、大人気だった長期政権が命あるうちにこの話を進めたいという以外に、今議論を始める根拠がなく、根拠がないから特大の拠り所を欲したのだと邪推してしまう。
ちなみにラブホ街で不本意にも引用されたパナソニックの父は生前、「反省しない人は間違いを繰り返す」とも言っていた。公文書偽造も大阪の小学校も検察庁のゴタゴタも、反省ではなく手足を切り落とすことで本体無傷で残ろうとする政権は、敗戦の反省を生かした新しい国の形を描くには不向きな気がしてならない。
写真/時事通信社 自民党公式アカウント(@jimin_koho)
※週刊SPA!6月30日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
ダーウィンは外国人/鈴木涼美
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