売春する女性が「同情されない」ゆえの困難 【鈴木大介×荻上チキ】vol.3
鈴木大介×荻上チキ対談「絶望を減らす作業をしよう――」Vol.3
ほぼ同時期に発売された売春をめぐる2冊の本。荻上チキ氏による『彼女たちの売春(ワリキリ) 社会からの斥力、出会い系の引力』と、鈴木大介氏による『援デリの少女たち』。荻上氏は出会い系を通じフリーで売春を行う女性を対象に、膨大なデータと証言を集め、鈴木氏は援デリ業者とそこで売春を行う少女たちを徹底的に追った。2人がみた光景は重なりつつも、同時にまったく異なる色合いをみせる。彼らは何を見たのか――。
⇒Vol.2『「望まない売春」を減らすことはできるか?』
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90年代、「成熟した社会における少女たちの価値観の変化」といった切り口で、エンコーという名の売春は語られた。それはそれでひとつの説明ではあったかもしれない。が、そんな納得しやすい一言で分析できるほど、“彼女たち”“少女たち”のバックグラウンドは単純ではないと、荻上氏と鈴木氏の著作は教えてくれる。現代の売春の壮絶な光景を見たふたりは、この“絶望”を減らす作業の困難さを承知しつつ、「望まない売春」を減らす道を提示する。
鈴木:援デリの少女から、ワリキリをする彼女たちまで、俺自身のイメージだと、大きな川の流れなんです。川の真ん中は、めちゃくちゃ流れが速い激流です。川岸に向かって流れは次第に緩やかになり、岸辺はいわば「売春卒業しました」の地。けれども、その「卒業しました」の地は、たぶん決して生きやすい環境ではない。そして、川から離れたところには、小高い丘があって、いわば、その丘はアウトサイドとは無縁の地。
チキ:丘の上は丘の上で、金持ち向けの「乱パ」ビジネスやら高級DCみたいなことも行われているわけですけどね。
鈴木:僕が追ってきたのは、激流のど真ん中で売春をしまくっている子たちです。援デリ業者がセーフティネットになっているというのであれば、川岸近くから手を伸ばして、彼女たちを激流からちょっと浅瀬へと誘うことができるかもしれない。
あるいは、激流というほどでもないけれど、そこそこ流れの厳しいところにいる子を、より浅瀬へと誘う人もいるだろうし、あるいは、川岸の湿地は住みにくいからと、丘からその湿地に手を差し伸べる人もいる。
そういう世界観をイメージすると、激流にはハマっていないけれど、そこから逸れたあたりから浅瀬までの間に、結構な層がたまっている気がするんです。チキさんが取材したのがまさに、この層です。
彼女たちは、一旦、岸にあがっても、浅瀬あたりに戻ってきてしまったり、実は岸辺の湿地帯には住みやすい場所がなくて、また、ポチャって落ちてきたり。激流の中でたまに40万円が流れてくるなら、そっちのほうがいいという考え方もある。つまり、どこのポジションにまず戻すのか? 彼女たちを落ち着けるべきモデルケースをイメージしてあげないといけないのかなって。
チキ:その後の物語のレパートリーみたいなものですよね。
鈴木:彼女たちって、生きてきた中でのインフラがあまりにないんですよね。インフラがないってことは、コストが高くなる。電力量1kWにかかるコストが、発展途上国ではめちゃくちゃ高くなるのと同じで。
俺、取材していると女の子たちからよく、こう聞かれるんです。「普通の人っていくらあれば、1か月生きられるの?」って。そんな時、自分は、家賃6万円、食費4万円、通信費2万5000円、被服費2万円で、計14万5000円。そこからもう少し、暮らしに彩りを加えるならプラス5万。約20万円だと。でも、大体、女の子たちは「そんなに少なかったら絶対無理」って言うんです。
そして、彼女たちって、自らを標準化しようとするとき、夜職の中で標準化しようとするんですよね。だから、すごくハイコストな人生に、自分を合わせようとしちゃう。お金をかけることで得られる自由とか見得とか、いろんなものを含めて、すごくハイコストでパフォーマンスの悪いスタイルが身についてしまっている。
では、そこのところをどうするのかというと、やっぱり、彼女らが20万円あればなんとかなると思わせるまで、他のインフラを作らないといけない。でも結局、最終的に、自分に対する評価だったり、愛着障害だったり、壁がでてくる。一生懸命電線を引こうと思っても、電柱が立ってないことに愕然とすることがあります。
チキ:生きてきた環境の磁場みたいなものは侮れません。少年院を出た子が再犯してしまう大きな理由のひとつに、昔の仲間との交流に戻ったというものがありますが、昔の仲間はやはり居心地がいい。新しく生き直そうと思ったときの環境と比較して、そう思ってしまう面がある。
鈴木:檻のほうがマシという考え方はすごくありますね。
チキ:アウトサイダーにはまた、そこのカルチャーなり美学があって、脱しようとすると、引き止める力が働くこともありますしね。
鈴木:ありますね。
チキ:それをキャンセルするのって非常に難しい。紛争地帯で武装解除を進めるのと同じ位の困難さがあると思うんですよね。子供の頃から紛争に巻き込まれ、強姦されたり拷問されたり、拉致されたりして少年兵になり、子供の頃からずっと殺人を行ってきた兵士に対し、「武器を持たなくても生きていけるんだ」と思えるコミュニティを作っていく。それには息の長い支援活動が必要ですよね。
身体を武器に生きてきて、“毎日が紛争状態”にある人にも、やはり多くのリソースが必要となる。時間がかかりますよね。
◆排除されてきた問題
鈴木:婦人保護事業、女性に対する福祉というものがそもそも議論のテーブルにのっていないというところから変える必要性は確実にありますね。
チキ:「社会問題からの排除」をまずはなくすことですね。
鈴木:今、福祉系の大学生に婦人保護事業って何をやるところ?って質問して、話せる学生はいないんだそうです。
チキ:教科書にも書いてありませんからね。さらりと「こういうところもある」くらいしか触れられていなくて。母子寮や婦人保護施設に関する本って、本当に少ない。
鈴木:そうなんですよ。売春をする女性は要保護女子であり、救済する制度があり、それを考えた人がいるというのが、赤線廃止を機に、ぷつっと日本の歴史の中で途絶えてしまった。詳細は避けますが、そんな状況で、婦人保護の現場の最前線で働くスタッフも限界な状況だったりもします。売春をする女性への福祉というのがギリギリのところで行われ続けている。
チキ:婦人保護事業も、下手に表面化すると叩かれるし、目立たない中で粛々と活動していくということしかできなかった。
鈴木:支援の現場は、言葉の暴力、女性に対する暴力、スティグマ、本当に様々な暴力に、驚くほど怯えているというのが、実感です。
チキ:とはいえ、社会保障の予算は削減方向が続いているので、このままなかったことにされ続けると、いずれ「そもそも必要なの?」っていう話になってしまうかもしれない。
鈴木:ちゃんと差別を排除した上で、情報を拡充していかないといけないんだけど……。今年の流行語大賞の候補の中に最初、「生ポ」が入ったじゃないですか。結局、候補からは外されましたが、俺、アレ見たときに、感情的に相当キタんですよね。あれが一般的な感覚なんですよ。生活保護でさえそうなんだから、売春する女性の福祉なんていったら、たぶん、「生ポ」どころじゃない。
◆同情と共感で左右される弱者支援
チキ:規制しろとか、教育を叩き直せとか、親をなんとかしろとか、そんなヤツら放置しておけとか。こういう、現実に無力な言葉ほど、いつまでも氾濫し続けますよね。
結局、弱者支援というのは、「可哀想かどうか」「同情できるかどうか」に左右されてしまう。そこに対してどうアプローチをするか。ストーリーを描く方向でやっていくよりは、数字化することを僕は選びました。引用の着地点をつくるというやり方です。
ワリキリ女性が100人いたら、30人以上は精神疾患を持った経験がある。生活苦で売春をはじめる子が4割いる。そうした点に気づけば、「入り口」で止められるかもしれません。さて、どうしましょう、と。もちろん、数字を明らかにすることで、あるスティグマを強化する可能性もあります。
鈴木:確かに、スティグマは怖いです。『出会い系のシングルマザーたち』を書いたときも悩みましたが、自分の書いた本が彼女たちのバッシングのネタにされるのだけは避けたい。だからこそ、取材対象者を慎重に選ぶというのがあります。
でも、このとき痛いほどわかったのですが、同情しきれない女性たちを描いて、行間で彼女たちの苦しさを受け止めてくださいと、こちらがどんなに思いを込めても、そうは読んではもらえない。どうしても、彼女たちになすりつける何かを生じさせてしまう。
もちろん、バッシング等を恐れず、全体のグラデーションを描くのは絶対に必要で、その意味で、チキさんの本の意義を感じますが。
チキ:でも、本を読んでも、少なくない人が、反感を持って切り捨て、自分の中に生じた認知的不協和を解消しちゃうんだろうな、とは思います。だから、そこに救いのある「物語」を同時に提示すことで、関わることのハードルを少し下げることも必要なのかなとか、頭をよぎりますね。
鈴木:段階ですよね。情報に段階をつけないといけないんですよね。自分なんかいろんな意味でバイアスがかかっちゃっているから、チキさんの本読んでると怖いし、むちゃくちゃ泣けましたもん。
チキ: 泣けましたか? 極力、淡々と書いたんですが。数字化することで、いろいろな物語性はそぎ落とされますし。
鈴木:むしろ、その数字に泣けましたよ、俺。100人の女の子が並んでいると想像すると、正気ではいられませんでした。実際は会ったことのない彼女たちだけれど、顔が見えるんですよ。
ただ、俺は俺のバイアスがかかりまくっているから、予備知識のない一般の人が読んで、きっちり泣ける。それを切り口に現状を知っていこうと思ってもらえる、ふたつのアプローチが必要なのかなと思うんです。だけど……残念ながら俺には小説家の才能はなかったですね。
チキ:近代文学というのは、物語に対抗することから生まれた分野ですね。『南総里見八犬伝』を批判する『小説神髄』の如く、物語に対して「描写」で対抗しようとしてきた。データを集めたのも、単純に物語化させられないような描写をちりばめたいなって思っていたからです。
大介さんの本も、可哀想な女の子の話を書いているんだという一言で物語化しようとすると、それを必ず裏切る描写がどこかに必ず入っている。可哀想な女の子の話でもないし、頑張って生きている女の子の話でもない。
大介さんは大介さんで、『援デリの少女たち』もそうですが、常に、取材を通じて自身の中に生じた戸惑いや逡巡を、その都度、描くじゃないですか。もともと持っていた物語が壊れていく様を必ず描いている。
こういう子だと思っていたのに、実は違ったというのを繰り返しているので。それは実は演出のテクニックでもあって、読者の共感をついてこさせるというのもあると思うんです。それは、大介さんの持っている描写の力、ゆえんだと思います。
鈴木:いや。俺は、大学受験のときに小論文で勉強した、二項対立三項対立というか、足し算引き算の感覚で文章を書いているだけで……。高校生レベルの技術で、そんな論理的に考えてはないんですが。
チキ:二元論はいつも崩しますよね。三元、四元の価値観が表れて戸惑う大介さんの姿がいつも描かれる。だからっていうのもありますが、大介さん、最終章書くの、いつも大変そうだなって。
鈴木:そうですね。
チキ:戸惑いながらも、なんとかして、光を探そうとするじゃないですか。これはキツイでしょう。
鈴木:そうですね。
チキ:僕の場合は割と、ひとつの事実がわかれば、それで確かに「何かひとつ進めた」って思える。困難な人の地雷がそこに埋まっているとわかり、今すぐ撤去できないと思い知らされても、「なるほど、こんな地雷か」とわかれば、別の人がその地雷を撤去する役に立つのではないかって。
『彼女たちの売春』は、50年後の読者も意識して書きました。僕自身、1950年代の婦人保護関連資料を読んで、すごく助かった。あるいは、『春駒日記』のような本でもいい。60年前、80年前の本があってくれたからこそ、わかることがたくさんある。
今を生きる自分たちしか残せないデータがあるので、それを残せたことには希望を感じてます。大介さんの本もまた、50年後、100年後、歴史に串を貫く証言に溢れていると思います。
今すぐすべての解決が無理だとしても、「種」は育つと思うし。僕は今からでもできることがあると思っていますけど。
鈴木:チキさん、めちゃくちゃ前向きですよね。
チキ:後ろ向いちゃうと、寂しくなっちゃう。いいとこ探しをやっていかないと、居心地悪いんですよ(笑)。
鈴木:もう、チキさんにお任せしますよ。俺は、取材して、引っ張られて、う――んバタッみたいなことをずっと繰り返しているだけですから。
チキ:そうはいっても、ますます踏み込んでいくのが、大介さんなんですけどね。
【鈴木大介】
すずきだいすけ●ルポライター。「犯罪する側の論理」をテーマに、裏社会・触法少年少女らの生きる現場を中心に取材活動を続ける。著作に、『家のない少女たち 10代家出少女18人の壮絶な性と生』(宝島社)、『出会い系のシングルマザーたち―欲望と貧困のはざまで』(朝日新聞出版)、『家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル』(太田出版)、『フツーじゃない彼女。』(宝島社)
【荻上チキ】
おぎうえちき●評論家・編集者。政治経済から社会問題まで幅広いジャンルで、取材・評論活動を行う。著作に『僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想』(幻冬舎新書)、『検証 東日本大震災の流言・デマ』(光文社新書)、『セックスメディア30年史欲望の革命児たち』(ちくま新書)など
<構成/鈴木靖子(本誌) 撮影/山川修一(本誌)>
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