村上春樹はなぜ世界でここまで成功したか【樋口毅宏のサブカルコラム厳選集】
―[樋口毅宏]―
『さらば雑司ヶ谷』『タモリ論』などのヒット作で知られ、最新刊『ドルフィン・ソングを救え!』も好調な小説家・樋口毅宏氏。そんな樋口氏がさまざまな媒体に寄稿してきたサブカルコラムを厳選収録した『さよなら小沢健二』が好評発売中。本書の発売を記念して傑作テキストを特別公開いたします!
(当コラムは『週刊SPA!』2012年11月6日号に掲載されたものです)
先日、『女性セブン』で村上春樹について取材を受けた。それでいろいろと自分の春樹への考えを纏めることができたのは収穫だった。村上春樹はなぜ世界でここまで成功したか。その要因は大きく分けて2つある。
①
四方田犬彦さんらが共編著した『世界は村上春樹をどう読むか』(文藝春秋・2006年)という、実に興味深い研究書がある。17か国23人の翻訳者が集まって「Haruki Murakami」についてシンポジウムを開いた1冊だ。数年前、四方田さんが明治学院大学の教授だったとき、僕は聴講生として2年間三コマの授業を受けた。ゼミにも参加、毎回レポートを提出し、テストも受けた。この本について先生に訊ねたところ、こうおっしゃっていた。「どこの国の人も“村上春樹はうちの国の小説です”と言っていた」。日本のアートが世界に打って出るとき、欧米にはない「ジャポニズム」を前面にアピールするのが常だが、村上春樹は例外だった。というかむしろ逆。
ではどうしてあんなにウケたのかというと、ここからは僕の推測だが、欧米を中心とした「大人になりきれない大人」の世界的傾向に、うまくマッチングしたのではないか。世界中で、昔の人より現代人の精神年齢が「七掛け」といわれている。僕が子供の頃、30歳といったら中年だったし、40歳はもう立派なオジサン・オバサンだった。ところが今自分がその年齢になってみると、全然子供で、「大人になりきれない大人」になっていた。僕のような妻も子も家のローンの責任もない、世界中の「気分はモラトリアム」中年が、村上春樹の作中の「僕」に自己を投影した。
春樹も「大人になる」のが遅れている傾向を肯定している。『そうだ、村上さんに聞いてみよう』だったか、読者の相談に答える本の中で、「20歳を過ぎたけど自分が大人になった実感がありません」という問いに、「30歳で大人になろうと思えばいいじゃないですか」と答えていてゾッとしたっけ。そうした心地良い「絶望ごっこ」がウケた。「やれやれ」と呟きながら絶望ピクニックを堪能できる。餓えや戦争とは無縁の文化圏にいる世代と呼応した。
②
アメリカで出版するとき、村上春樹は英語を喋ることができるので、自身で翻訳者を探した。これまでの日本人作家のように、よく知らない人に丸投げしなかった。これは『考える人』で本人が語っていたけど、めちゃくちゃデカい要因。正直僕は、春樹のピークは『ダンス・ダンス・ダンス』だと思っていて、あの本はそれまでのジャズで培ったリズムと、その後のトライアスロンをやれちゃうぐらいのアスリートになるため体を鍛え始めた頃との、ちょうど端境期だった。「じゃあなぜ新作を出すたびに、こんなに売れているんだ?」と訊かれたら答えは簡単。日本人はね、「世界の●●」の看板に弱いの。僕が知っているかぎり、クリエイティブは明らかに落ちているのにセールスが上がり続けている人としてもうひとり、宮﨑駿がいるんだけど、この人も「世界の●●」だからみんな観るんだよ。こちらは近年の作品、酷すぎだけどね。
あわててフォローするつもりじゃないけど……この先、世界は、特に日本は村上春樹の作品=「ああ、あの頃はよかったなあ」と、経済的にも安定していた時代の、ノスタルジー的な作品として読むだろう。そういえば俺、『1Q84』はBOOK1と2を4日間、他に何もしないでただただ集中して読んだ。翻訳を除けば長編・短編・エッセイを全部読んでいる。何だかんだ言って大好きじゃん俺! 字数が全然足りないから、十数年前に高田馬場で村上春樹と遭遇し、握手を求めた人生最高の鉄板自慢話はまた今度!
樋口毅宏●’71年、東京都生まれ。’09年に『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。新刊『ドルフィン・ソングを救え!』(マガジンハウス)、サブカルコラム集『さよなら小沢健二』(扶桑社)が発売中。そのほか著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』など話題作多数。なかでも『タモリ論』は大ヒットに。
―[樋口毅宏]―
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