ハリル監督は日本サッカーの何に苛立っているのか
ワールドカップロシア大会のアジア最終予選で、現在グループBの2位につけている日本代表。だが4チームが勝ち点差1の中にひしめき合う混戦で、予断を許さない状況だ。
そんな中、ハリルホジッチ監督が就任以来繰り返し求めてきたのが「デュエル(決闘)の強さ」だ。1対1の局面で競り勝つことが、全ての基本だと考えているのだ。
だが現状はまだ満足には程遠く、「本気でデュエルを向上させる気があるのか。フィジカルとメンタル、両方からアプローチをすべきです」(『Soccer Digest Web』 11月19日配信)と改めて意識改革をうながした。
これまではファンを含めメディアも、数字だけのシステム論に終始してきたきらいがある。組織的なパスワークだとか、人とボールの連動性などといったキャッチコピーも好まれてきた。
ハリルホジッチは、そこに危機感を抱いているに違いない。しょせんはサッカーもボクシングやフェンシング同様1対1の対決に過ぎず、様々な局面で同時に行われているだけなのだ、と。
そこで改めて「デュエル(決闘)」とは何を指す言葉なのかを押さえておきたい。それは対戦型近代スポーツの基礎となる思想で、19世紀の紳士にとって必須だった護身術(Self-Defense)に端を発する。しかし、現代の「護身術」とは意味合いが異なるので説明が必要だろう。
ニューオリンズについて記したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の文章には、“フェンシングはただのたしなみではなく、紳士同士のもめ事に決着をつけるための手段だった”とある。
今のように街中で突然襲われたときの対処法ではなく、しきたりに則ったケンカで白黒つけるために必要なマナーとして、ボクシングやフェンシングを学んだ時代だったのである。ここを押さえないとハリルホジッチの意図は理解しにくいだろう。
だからフェンシングやボクシングと同じように、人と人が向き合い間合いを奪い合う競技であるサッカーにも、「デュエル(決闘)」の強さがなければならないという理屈なのだ。
ところで、“決闘を制す”と聞いてどんな状況を思い浮かべるだろうか?
相手を完膚なきまでに叩きのめして、生命そのものをも根絶やしにしてしまう猛者が勝利すると思うかもしれない。
だが、それはデュエルとは真逆の考え方なのだ。何よりも自分の身を守り、同時に相手をムダに傷つけることもせず、神経系統へ効果的な一撃を喰らわせる。敵をきれいな姿のまま眠らせる技術を磨くことが、“決闘”に臨む者のしきたりなのである。
その点を踏まえて、ハリルホジッチが求めるフィジカルの強さについて、改めて考えたい。体脂肪率のデータを出して、名指しで選手に改善を求める光景に驚いた人も多いだろう。クリスチアーノ・ロナウドやメッシを引き合いに出し、筋肉量を増やす重要性も説いていた。
けれども彼らは相手を持ち上げたり投げ飛ばしたりするために肉体を作り上げるわけではない。自分の長所を相手から削られないために鍛えているのであり、それは“強さ”とは違った考え方からきている。
1800年代後半にニューヨークでフェンシングの指導者として活動していたColonel Thomas Hoyer Monsteryは、こう記している。
<私のもとへやってくる多くの紳士諸君が、自分には強烈な一撃をお見舞いするだけの身体の強さがないと言ってくる。だから私はこう言うのです。単純な強さなどどうでもよく、その一撃を放つための準備と手際こそが重要なのですよと。>(Colonel Thomas Hoyer Monstery 『SELF DEFNESE for Gentlemen and Ladies』 p71 筆者訳)
その「準備と手際」が乱されぬよう自らを守るために身体を鍛えるのであり、ロナウドやメッシのように攻撃のスペシャリストの根底にも防御の哲学があるのだ。
こうして攻撃の根っこに防御が存在するように、防御も新たな攻撃を想定したものであるべきだろう。オープンガードの殴りっぱなしと同じぐらい、攻め手を放棄した防御もナンセンスなのである。
システム論より前に、サッカーは「デュエル=決闘」だ
ハリルはなぜ筋肉量や体脂肪率にこだわるのか

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