ブレットがWWE世界王座奪回@“サマースラム”――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第263回(1997年編)
“第2のマディソン・スクウェア・ガーデン”と呼ばれ、ニューヨーク・ニューヨークからは車で約40分の距離にあるコンチネンタル・エアラインズ・アリーナ(当時=現在の名称はアイゾット・センター)はこの日、2万213人の大観衆を動員。
ライブ・ゲートは52万3154ドル(1ドル=100円換算で約5230万円)、会場内でのグッズ売り上げが20万2500ドル(同=約2000万円)という同アリーナでの記録となる興行収益をあげた。
メインイベントのWWE世界戦はアンダーテイカー、ブレット、そして特別レフェリーをつとめたショーン・マイケルズの3人による“人間関係ドラマ”だった。3人が3人ともベビーフェースとヒールのふたつの立ち位置を状況によって巧みに使い分けていた。
ブレットは試合開始のゴングが鳴るまえにレフェリーのショーンからチャンピオンベルトを奪いとると、これを凶器代わりにアンダーテイカーを背後から一撃。“ヒール宣言”といってもいい先制攻撃を仕掛けていった。
序盤戦、リングサイドをゆっくり一周しながらの場外乱闘をリードしていたのはアンダーテイカーだった。中盤戦から20分経過後の終盤戦にかけてはブレットとショーン、アンダーテイカーとショーンが何度も一触即発のニラミ合いを演じた。観客はブレットに対してある場面では大きな声援を送り、またある場面では大ブーイングを浴びせた。
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