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NHK大河で話題の「井伊直虎・男性説」を解説 ~実は2つの可能性が考えられる!?

『雑秘説写記』という書物の中に「井之次郎」

 もう一つの説が、昨年発表された新史料である。 『雑秘説写記』という書物の中に次のような記載が見つかった。 『新野親矩の兄である関口氏経の息子に「井之次郎」と名乗らせて井伊谷へ派遣した』  この「井之次郎」が、徳政令施行に署名した「次郎直虎」ではないか――というのが今回の新説である。  『雑秘説写記』とは、彦根藩筆頭家老・木俣守安※が聞き書きした記録を、享保20年(1735年)に編集した『守安公書記』全12冊のうちの1冊である。説自体は、前述の通り、2016年12月、井伊美術館(京都市)館長の井伊達夫氏によって発表。  もしこれが正しければ、井伊谷徳政令に署名したのは「おんな城主・直虎」ではなく「関口氏経・井之次郎親子」だということになる。  新野親矩と関口氏経が兄弟だというのは初耳だったが、確かに「井之次郎=次郎直虎=井伊直虎」であれば、井伊直虎が井伊氏系図に載っていない理由もスッキリする。直虎が「女性だったから」ではなく、「関口氏あるいは新野氏だがら」(井伊家の人間ではなく、今川家庶子家の人間だから)、井伊家の系図に載るワケがない――という非常に単純な話だ。  更に、次郎法師に代わって地頭になったのが小野政次ではなく、この井之次郎であれば、「小野政次による横領はなかった」と主張してきた親小野派の研究者にも朗報となろう。  いずれにせよ今後の研究が待たれるところ。現時点でスッキリと回答を申し上げられないのが残念だが、私としても行く末を楽しみにしており、機会があればあらためて発表の場を設けさせていただきたい。 ※新野親矩の娘と北条家家臣・狩野主膳の子で木俣守勝の養子 <著者/戦国未来> 戦国史と古代史に興味を持ち、お城や神社巡りを趣味とする浜松在住の歴史研究家。モットーは「本を読むだけじゃ物足りない。現地へ行きたい」行動派で、全27回予定で「おんな城主 直虎 人物事典」を連載中。自らも電子書籍を発行しており、代表作は『遠江井伊氏』『井伊直虎入門』『井伊直虎の十大秘密』の“直虎三部作”など。公式サイトは「Sengoku Mirai’s 直虎の城」 <コンテンツ提供/BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)> BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) 日本で初めて歴史をテーマにしたポータルニュースサイト。今回の記事の他、以下のような記事を掲載。 ●『真田丸』感想レビュー第50回(最終回)「◯◯」 そして船は次へ向かって港を発つ ●完全版【井伊直虎の生涯まとめ】大河ドラマ『おんな城主 直虎』を史実からスッキリ解説!
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