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“三沢イズム”が色濃く残る中で――中嶋勝彦はノアとどう向き合っているのか【最強レスラー数珠つなぎvol.12】

――中嶋選手と言えば、パワフルなキックです。小学校3年生のとき、空手を始めたんですよね。 中嶋:強くなりたかったんですよ。幼稚園の頃、喧嘩をしても負けて、いつも泣いて帰ってたんです。それが悔しくて。当時、兄が空手をやっていたので、自分もやりたいと言って、道場の門を叩きました。それ以降は空手に打ち込んだので、喧嘩はしなくなりましたね。 ――中学校1年生のとき、全国大会で優勝されました。 中嶋:極真会館松井派の大会です。全国からいろんな選手が集まって、僕も町道場からエントリーして。よく「極真だったんですか?」って聞かれるんですけど、僕は極真ではないんです。大会が極真ルールだったんですよね。フルコンタクトっていう、素手で殴り合うやつ。防具をつけて顔面ありというルールもあるんですけど、僕は顔面は蹴りだけで、パンチは首から下だけでした。 ――その頃の活躍が、前田日明さんの目に留まったとか。 中嶋:前田さんと会ったのは、中学校2年か3年のときです。当時は格闘技のほうに行きたくて、一番最初にご縁があったのが前田さんでした。横浜文体でリングスの試合があったときにご挨拶に行って、リングスに入りたいという旨を伝えたんです。そしたら「上を脱げ。背中を見せろ」と言われて。脱いだら、「じゃあ、来い」と言われました。 ――でもリングスは解散した。 中嶋:中学を卒業したら入る予定だったんですけど、卒業する年の12月にリングスは解散したんですよね。前田さん、覚えてるのかな? 覚えてないと思うなあ。もう15年前ですよ。 ――プロレスは好きだったんですか? 中嶋:何回か観戦したことはありました。空手の先生がプロレス好きだったんです。それこそノアも観に行きましたし。初めて観たのは、小学校4年か5年くらい。愛知県に全日本プロレスが来るということで、先生に連れられて。先着100人、レスラーと写真撮影ができたので、先生と一緒に並びましたね。でもそんなに興味もないし、全然分からなかったです。すごい体だなあ、くらい。 ――中学校3年生のとき、長州力さん率いるWJプロレスにスカウトされて、入団されました。中学生にとって、すごい決断です。 中嶋:ずっとプロの世界に行きたかったんですよ。高校なんて行ってらんねえ、と思ってました。勉強するよりもお金を稼ぎたかった。母子家庭で、めちゃくちゃ貧乏だったんです。空手から帰ってくると、家が暗いんですよ。電気が止められてるから。奥のほうからローソクを持った母親が「お帰り」って出てきて、最初、お化けかと思って、まじビビりました(笑)。そういうのが何回か続くと、慣れるんですね。「あ、今日は電気切れてんだ」みたいな。 中嶋:ガスも止められてるから、水風呂です。それこそお金がないから、夜ご飯もないし。給食でたらふく食ってましたね。月に一回、学校で僕だけ茶封筒を渡されるんですよ。給食費払ってないから。だからもう、自分のためにも、親のためにも、この生活をなんとかしたいっていう気持ちでした。僕にとっては、高校に3年間行くよりも、外に出てお金を稼ぐ3年間のほうがよかったんです。 ――就職は考えなかった? 中嶋:まったく考えなかったです。プロしか見ていなかった。中学校って、部活に入らなきゃいけないじゃないですか。でも僕はプロに行くから、部活なんかやってられませんって言って。空手の先生を学校に呼んで、校長先生に直談判(笑)。だから僕、帰宅部だったんです。学校が終わったらそのまま道場に行って、空手の練習をしてました。 ――空手のプロになりたかったんですか。 中嶋:当時はK-1です。アンディ・フグ、アーネスト・ホースト、マイク・ベルナルド、ピーター・アーツ。その4人が主軸になっていて、すごく華やかに見えたんですよね。アンディ・フグさんは極真の出身なんですけど、180cmでK-1の中ではすごい小さいほうなんです。それでもグランプリで優勝とかしていて、僕も体が小さかったので、そういう活躍に憧れて、プロの道に行きたいと思いました。 ――WJプロレスに入団してすぐ、X-1で総合格闘技デビューされました。58秒でレフェリーストップ、KO勝ち。その頃、プロレスは? 中嶋:受け身の練習とかはやってましたね。プロレスデビューするための練習は、その頃からしていたと思います。長州さんに、「コスチューム作っておけ」と言われて、翌年の1月にデビューしました。デビュー戦の相手は石井智宏選手。でも覚えてないんですよ、緊張しすぎて。なんの技をかけたとかも、あんまり覚えてない。必死でしたね。 ――2004年にWJプロレスが解散になって、健介オフィスに入団されました。健介オフィスを選んだのはなぜですか。 中嶋:WJのときに、長州さんを始め、越中詩郎さんとか、保永昇男さんとか、鈴木健三さんとか、いろんな方々に練習を見てもらったなか、佐々木さんの練習が一番厳しかったんです。厳しいところに行けば、間違いないなと思った。それだけの理由ですね。佐々木さんがWJを辞めてフリーで活躍されていた頃で、2年半くらい一緒に住まわせてもらいました。お子さんの幼稚園の送り迎えもしましたし、すごく仲良くしてもらいましたね。 ――かなり厳しいところだと聞きます。 中嶋:厳しかったです。プライベートは全然優しいんですけど、仕事に関してはすべて厳しかったですね。練習だったり、礼儀だったり。礼儀が一番厳しかったかもしれないです。お辞儀の角度とか、そういうところまで指導されました。「頭をここまで下げろ」みたいな。 ――全日本プロレスの宮原健斗選手と同門ですが、宮原選手はどんな方でしたか。 中嶋:年齢は健斗が一個下で、後輩です。努力家でしたよ。練習メニューとか、ひたすらメモってたのを覚えてます。すげえなと思って。僕はそんなに計画性はないです。自分の体調とかを含めて、その場で決める。イヤなときはやらない。健斗は下手したら、「何時にはこうしてなきゃいけない」とか、そういうタイプです。ああ見えて、細かい奴ですよ(笑)。 ――健介オフィスには、16歳から27歳までいたんですよね。11年間、辞めなかった理由は? 中嶋:僕の中で、ここしかないと思っていたからですね。自分で選んだ場所だから。団体という枠で捉えたときに、健介オフィスって本当に小さな団体なんです。所属選手も6人くらい。だから興行をやるにしても、みんなでリング設営をしたりとか。人数が少ない分、喜びをみんなで分かち合えたっていうのはありましたね。
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一昨年、退団した理由
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■プロレスリング・ノア Summer Navig. 2017 ~第11回グローバル・ジュニア・ヘビー級タッグリーグ戦~
http://www.noah.co.jp/news_detail.php?news_id=10053
【開催日】7月27日(木)
【開場時間】18時15分
【開始時間】19時
【会場】後楽園ホール

■プロレスリング・ノア DEPARTURE2017
http://www.noah.co.jp/news_detail.php?news_id=10076
【開催日】8月6日(日)
【開場時間】11時15分
【開始時間】12時
【会場】後楽園ホール





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