蟹好きの憧れ「開高丼」はやっぱり海の宝石だった!
ほぼ全ての食べ物には旬が存在する。その季節に食べると一番美味い時期というものがある。この時期、冬が旬の食材といえば牡蠣だ!と言う方もいるだろうが、蒸してよし、焼いてよし、鍋にすれば一心不乱に話を忘れてむしゃぶりついてしまうという点では、冬の食材の王様は蟹ではなかろうか。
冬の深まりとともに、寒いのは苦手! 冬なんて大嫌いだ! という思いと反比例するがごとく、蟹が食いたい!という気持ちが高まってしまう方は多いのではなかろうか。
と、言うわけで今回は美味い蟹を求めて冬の福井に行ってみた。
日本海側、金沢などと比べると北陸地方の中ではどうしても地味な印象がぬぐい切れない福井県。だが、地味でもいい。福井には蟹があるのだ。
福井の蟹といえば地元では越前ガニと呼ばれるズワイガニが有名だ。この越前ガニの漁獲量は全国で堂々の5位。越前ガニと言えば知らぬ者も少ないはずだ。だが、この福井では11月初旬~1月初旬のたった2か月の間しか漁ができない美味きわまる蟹があるのだ。それは作家、開高健が愛した蟹でもあるのだ。
◆登山家にとってのエベレスト 蟹好きにとっての開高丼
全面的に蟹をアピールする福井にはカニ・ミュージアムなるものもあるが、そんなとこに寄ってる暇はない。一路向かったのは、蟹好きの間では超が付くほど有名なこばせ旅館だ。ここで筆者を待ち受けていたのは、開高健が愛しすぎてやまず、一口食べて「開高丼と名付けなさい」と言わしめた開高丼なる一品である。
筆者の友人である超蟹好きに言わせると、
「開高丼って話には聞くんだけど、東京から福井ってなかなか行くのが面倒。でも、一度は食いたいんだよね。登山家が山に登るように、俺も開高丼を食いたいんだわさ」
と、エベレストを攀じたいと願う登山家の心境に例えてくれた。
ここまで書いておいて心苦しいのだが、実は筆者はあまり蟹が得意ではない。あれば食べるくらいなのだが、「開高丼か……。それはマジでうらやましい」という羨望の眼差しを10人くらいから浴びることになれば話は別。食べたくて食べたくてしかたがなくなってくるから不思議だ。
では、その開高丼とは何か?
という問いの前に使われるセイコガニについて少々記しておこう。
そもそも、セイコガニという種類の蟹は存在しておらず、ズワイガニの雌のことなのである。このセイコガニは11月6日~1月10日までしか漁が許されておらず、この時期を逃せば口にすることはできない(※ただし、1月10日までに獲れたものはそれ以降でも食べることは可能)。また、地元の人によれば「禁漁期間中のものは食べても美味くない。漁が解禁期間中は内子や外子(卵のこと)が乗ってるから、これが美味いのよね~」とのこと。まさにこの時期しか食べることができない、かなりレアな蟹なのである。
話を戻そう。
開高丼とは、こばせ旅館で出されている蟹の丼のことなのだが、これがまた豪勢きわまりない。一匹ずつ丁寧に手でむかれたセイコガニを8杯以上、たっぷりの内子と外子、そして身を4合のコシヒカリを盛った丼に豪勢にちりばめた一品なのである。
◆まさに海の宝石箱が……
こばせ旅館で一通りの蟹づくしを平らげ、仲居さんから「そろそろお持ちしますね」と言われ、思わずふくれた腹をもたげながらも背筋が伸びる。襖が開いてやってきたのがコチラの写真。
開高健は愛する蟹を「海の宝石箱」と評したが、それは紛れもなく海の宝石に相応しい見てくれ。テーブルに置かれるやいなや、プ~ンと蟹の甘い香りと磯の香りが部屋に満ちる。ざっくとしゃもじでサルベージすると、炊きたてのコシヒカリから湯気が立ち、これがまた蟹の香りをふんわりと鼻孔に運んでくる。ふくれた腹がぐぅとまたなり始めそうな勢いである。
茶碗によそうと、つやつやした米粒の中で内子や外子がちりばめられ、宝石箱をひっくり返したような美しさがさらに食欲を誘う。なにもここで我慢する必要はない。掻き込むようにして口に放ると、甘い身、プチッとする内子や外子の食感、そして濃厚な蟹味噌の味が一体となって口の中ではじけていく。見た目も豪快だが、味もまた豪快。特に内子と外子の食感と味がクセになって、箸が進んで仕方がないのだ。生前、開高健はこの内子が好きで好きでたまらず、セイコガニの内子だけというスペシャルな丼を注文していたというが、その気持ちはよくわかる。
一杯1万1000円……。この金額が高いか安いかは人それぞれであるが、さして蟹が大好物というわけではない筆者から言わせてもらえば、「蟹が好きなら、死ぬまでに一度は食っておけ」か「蟹があんまり好きじゃないなら、試しに一度は食っておけ」といったところか。
ちなみにこの開高丼。食べることができのは11月6日〜1月10日までの解禁期間中だけ。そしてもちろんのことながら要予約。しかも獲れなかった場合は提供できないというから、けっこうなプレミアム丼なのである。ちなみに1月10日以降であっても、生けすにセイコガニがいる間は提供できるのだとか。
そんなわけで、紹介しておいて申し訳ないのだが、今は開高丼を楽しむことはできない。あと10か月ほど待っていただきたい。
文/テポドン(本誌)
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