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“ヒットマン”と“HBK”の暗闘:ブレット・ハートの場合――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第250回(1997年編)

WWEオフィシャル・パブリシティー・フォト

1997年はブレット・ハートとショーン・マイケルズが“暗闘”をくり返した1年だった。ブレットが8カ月ぶりに戦列復帰を果たすと、ショーンがヒザの故障―手術を理由にTVから姿を消した。(写真はWWEオフィシャル・パブリシティー・フォト)

 内憂外患とはまさにこういう状況をいうのだろう。1997年はWWEとライバル団体WCWの“月曜TVウォー”が大きなヤマ場を迎え、組織の内部ではヒットマンとHBK、つまり“ヒットマン”ブレット・ハートと“ハートブレイク・キッド”ショーン・マイケルズが暗闘をくり返した1年だった。

 WWE世界ヘビー級王座をめぐる闘いのここまでのおおまかな流れをかんたんにおさらいしておく。まず、“レッスルマニア12”(1996年3月31日=カリフォルニア州アナハイム)のメインイベントにラインナップされた“60分アイアンマン・マッチ”でショーンがブレットを下しWWE世界王座を獲得した。

 ブレットは“レッスルマニア12”以後、リングから消え、約8カ月間の長期オフのあと、1996年11月に戦列復帰。いっぽう、ショーンはサイコ・セッドに敗れ、いったんは王座を失うが(1996年11月17日=ニューヨーク、マディソン・スクウェア・ガーデン)、2カ月後の“ロイヤルランブル97”(1997年1月19日=テキサス州サンアントニオ、アラモ・ドーム)でセッドからベルトを奪回した。

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しかし、ショーンは同王座を返上

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