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“怪魚釣り”に20代の全てを注いだ小塚拓矢が世界を周って気付いたこと

怪魚が怪魚であり続けるために考えさせられた【ソング】

「その怪魚は、現地名ソング。そのことは、イランに入国して以降に知った。学名だけしか知らず、中東イスラム圏に飛びました。まだ見ぬ怪魚が、時代に燃えるチグリス・ユーフラテス河にいてくれて本当にありがとう、そんなことを思いながら」  2013年10月、小塚氏は海外のホームページで驚きの画像を発見し、そこには学名が添えられていた。とはいえ、場所は中東。件の魚は、政情不安や情報規制により、今もなお未知な部分が多すぎる場所に住むらしい。インターネットが発達した時代、検索ワードさえわかれば、かなりの情報が得られる。しかし、巨大淡水魚情報にアンテナを張って10年以上の小塚氏でも学名「Luciobarbus esocinus」という検索ワードを、旅のとっかかりに得ることができたのが、2013年だったという。「むしろ情報がないことが、歓迎すべき情報だ」と。 「お金があれば行ける、釣れる、という場所や魚は、究極的な意味では燃えられない。煽りとか、ウリ文句とかじゃない、本当の意味での“生と死の狭間”、命を賭けてもいいと思える“冒険”。それがイスラムの大河にはあると思ったんです」
ユーフラテス川

ユーフラテス川

 2014年7月14日、小塚氏はトルコの首都イスタンブールに到着した。そこから自転車でケマリエという町を目指した。そこで釣れなければ、さらに東部のチグリス河源流・ハサンケイフまで行くつもりだった。しかし、現地のトルコ人が口をそろえてこう言う。 「ハサンケイフには絶対に行くな。バチバチやっている」  しかし、実際に訪れてみれば、紛争地域がすぐそばとは思えない、のどかな雰囲気だった。さらに、外務省の海外安全ホームページではレベル3の「渡航中止勧告」、レベル4の「退避勧告」エリアにも突入した。だが結局、釣ることは叶わなかった。  いったん帰国したのち、再挑戦で選んだのはイランだ。トルコ以上に“イスラム色が強い”国だが、それでも、チグリス・ユーフラテス河の流域の大部分を占めるシリアやイラクと比べれば、治安的不安は小さい。そこで、ウソとも本当ともつかぬ大魚情報を頼りに転々とした。ソングをめぐる旅は、それほど苦労していたにも関わらず、同年の11月1日。意外な結末を迎えることになる。
ソング

ソング

「イラン奥地のダム湖では、幻だと思っていたソングは、1日に何匹も釣れる魚でした。カネを払えば案内してくれる人もいた(笑)。この魚を幻にしていたのは、ある意味で予想通り、宗教や戦争であり治安だった。『いつの日にか、シリアやイラクを含め、自由に、安全に旅ができるようになる日を願う!』なんて、書籍に書く際のオチまで事前に考えて向かったのですが……実際に旅して出た結論は、逆でした。怪魚が怪魚であり続けるために、むしろ治安が悪いことは歓迎すべきフィルターではないかと。もう1歩踏み込んで考えるなら、人間が戦争していたほうが、怪魚たち生き物にとっては平和なんじゃないかと。スキあらば僕のような人間がまずやってくるし、安全に巨大魚が釣れるとなれば、カネにモノを言わせたオトナが押し寄せますから(笑)」  世界平和、それは数ある地球上の生物の1種にすぎないヒト(ホモ・サピエンス)の、一方的願望ではないか……そんなことを思った1人旅の道中には、体験を通した気づきもあった。 「ISとか一部のキ●ガイのせいで、イスラム教って誤解されているなと。僕が旅路で出会ったイスラムの人たちは、愛すべきダメ人間が多かった。『アッラーに誓ってウソはない』と言いながら平気でウソをつくおじさんとか、割と普通に非合法の大麻(の樹脂を固めたチョコ)を吸っていたり……現実はとても人間くさくて、僕は好きだった。そんなことを、ソングという魚を追いかける旅路で、知りましたね」

「好きなことぐらいは全開でやろう」

 小塚氏は、これまでに世界各国で“怪魚”を釣り上げてきた。だが、紡ぎ出されるエピソードには、釣りだけにとどまらず、その土地独特の自然や文化、魚をめぐる様々な人間模様まで感じ取ることができるだろう。 「たとえば、女の子とマチュピチュを旅したとしても、マチュピチュ自体をそこまで見ないし、印象にも残らなかった。少なくとも僕の場合、景色より、それを見て喜んでる彼女の表情が記憶に残っているし、うまくいったことよりも、道中のちょっとしたトラブルを印象深く覚えています。ホテルの下水管が壊れていて、部屋中がウンコ臭すぎてロマンチックな気分が台無しにされたり、停電で暖房がつかず凍えたり……結局、旅ってのは、トラブルや病気などの回り道が、面白いんです。安全で、快適で、順調な旅なんて……僕はつまらない」  とはいえ、小塚氏の旅をそのままマネしようとも「できない」と考えることが普通だろう。だが、だれでも何かひとつぐらいは夢や挑戦してみたいことがあるはずだ。インタビューの最後にメッセージを聞いた。 「何かをやろうとしても、お金や時間の制約など、できない言い訳を先に考えてしまいがちです。会社が……というなら、辞めればいいし、彼女(彼氏)や嫁(旦那)が……というなら、別れればいい。できるのに、やらないだけ。社会的な体裁や常識にとらわれず、好きなことぐらいは全開でやってほしいと思いますね」 <取材・文/藤井敦年>
明治大学商学部卒業後、金融機関を経て、渋谷系ファッション雑誌『men’s egg』編集部員に。その後はフリーランスとして様々な雑誌や書籍・ムック・Webメディアで経験を積み、現在は紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者。若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。X(旧Twitter):@FujiiAtsutoshi
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怪魚大全

世界49カ国、1075日をかけて釣り上げた驚きの怪魚・珍魚の数々。命を賭し、青春を竿にかけて真っ向から勝負したモンスターたちの全記録。TBSテレビ情熱大陸ほかテレビやネットでも話題の怪魚ハンター渾身の最新作! 

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