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“怪魚釣り”に20代の全てを注いだ小塚拓矢が世界を周って気付いたこと

「自分よりも大きな魚が釣りたい」  幼きころからの夢を追い、“怪魚”と呼ばれる世界の淡水域に棲む巨大魚を求めて、5大陸を渡り歩いた。人呼んで“怪魚ハンター”、小塚拓矢氏。訪問国の合計は49か国、海外で過ごした日数は1075日。その2011年以降の旅の記録が『怪魚大全』である。  たんなる「釣り」と侮るなかれ。それを極めようとした人間だけが見える景色がある……。怪魚をめぐって旅を続ければ、そこには多くの人と出会いがある。もちろん、楽しいことばかりではないことは想像に難しくない。ときには旅が、人生観までに影響を与えることもあるだろう。  小塚氏にとって思い出深い怪魚と、それにまつわるエピソードを前回に引き続きうかがった。 ⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1388023
ターポン

ターポン

住む人たちの視点を知り、死生観が変わるキッカケとなった【ディンディ】

「パプアニューギニアの現地名でディンディ。和名はノコギリエイ、英名ではソーフィッシュ。この魚は、見るからに危険な牙をもっています。存在を知ってから7年間も思い続けてきた。恋愛もそうですが、僕は総じてしつこい男なんです。頭のなかに留めておいて、ずっとチャンスをうかがっているというか。パプアニューギニアには同じ場所に6回も足を運んでいる。レアな魚ということはもちろんですが、理由はそれだけではありません。同じ地域に10年以上通っていると、“旅人以上、パプア人未満”の関係にもなってくる。出会った人たちでも、結構な人が死んだ。それほど自然環境が過酷なのですが。僕自身もマラリアに罹ったことがある。そこで長い時間を過ごすなかで、学んだことがあります」
ゴールデンバラマンディ

ゴールデンバラマンディ

 実際、楽しいことばかりではなかったという。村人との付き合いのなかで、自身も学生から社会人へと立場も変わっていく。過去の旅を掲載した雑誌や書籍をお土産にもっていけば、喜んでくれる人もいる一方で、「オレの土地の情報が、世界に公開されてしまっている」とネガティブな反応を示す人たちもいた。ときには「二度と来ないでくれ」と突き放されることさえあったという。さらに、村人の金銭感覚を狂わせてしまったり、突如としてカネを要求されることもあった……。 「旅人として、ただそこで釣るだけではなく、“住んでいる人たちの視点”も持つことができた。それを可能にしてくれたのが、ディンディという魚なのです」
ディンディ

ディンディ

 果たして、パプアニューギニアの魅力とは……そこに何があるわけでもない。しかし、本当に重要なことがすべてあったのだという。 「“生きること”と“死ぬこと”は表裏一体だとわからせてくれた。自然環境の過酷な場所では、全てのことがすごくシンプルなんです。魚釣りのみならず、動物を狩ってそれを食べて旅を続けることもあったのですが、獲ったばかりの動物の肉には、体温が残っている。生で口に入れると、ディープキスしたときのような、不思議な感覚に陥り、『さっきまで、本当に、生きていたんだな』と思う。また、現地ではカメがごちそうなのですが、甲羅を割るため生きたまま腹を上にして火にくべると、バタバタもがいて、次第に息絶える。日本人の価値観では『かわいそう』と思うのですが、子どもたちはキラキラした目で『おいしそう』と見ている。こうした経験を通して、僕自身の死生観も変化しましたね。パプアニューギニアの辺境では、文明的な娯楽が少ないからこそ、生きることの生々しさというか、現代社会ではふたをして隠しておいたほうが都合が良さそうなイロイロが、浮き彫りになっていきました」  小塚氏の言葉からは、たんなる“釣り”というだけではなく、どこか生き方や人生観までが伝わってくる。 「死生観という意味では、僕は時に自分より大きな生き物(魚)を傷つけ、不本意に死なせることもあるし、食べるために意図して殺すこともある。死なせるにせよ、殺すにせよ、いまでも『かわいそう』だという感情はある。食べきれないからと逃すなら、できる限り元気に水に帰してあげたいと思う。だからといって、旅に出る以前と比べれば、殺生にシリアスにはならない。『ありがとう』と、頸動脈を切ることができる。そしてそれは、法律より優先すべき理由があると判断すれば、人間相手にだって同じ……20代をひとつのこと(釣り)に打ち込んできて、確かな確信を持っていえるのは、僕らの常識とは違う価値観や時間軸で回っている世界がたくさんあったということ」
パプアニューギニアの少年たち

パプアニューギニアの少年たち

「童貞バンザイ!」と青春を叫んだ曲名【ニュンビ】

「まだ見ぬ1mを超える淡水魚が地球上にはまだまだいる、そう再確認させてくれたのが、アフリカで釣ったニュンビ。火の玉のような赤い目をしているのが特徴です」
ニュンビ

ニュンビ

 小塚氏は、かつてアフリカでムベンガという究極の魚を釣り上げた。経験を積み、知識が増えていくほどに遠ざかっていく“ナニカ”――。旅を続けるなかで、既視感を覚えることも増えた。ムベンガを釣り上げた感動は、もう二度と味わえないのかと。
ムベンガ

ムベンガ

 だが、それに近い輝きを「同行者次第で近づけることができるのではないか?」と考えた。 「初めてのことに過剰反応し、怒り、感動し、涙する力……“童貞力”が必要なのではないか。童貞の同行者に、それを求めたんです。僕は大学時代、軽音楽サークルをやっていました。超恥ずかしいんですが、バンド名は『ブルー・スプリングス』。和訳すると“青春”ですね(苦笑)。楽器はほとんどできないのでボーカルでした。アフリカへの旅に誘った童貞クンも高校時代にバンドをやっていて、バンド名は『テクノブレイカーズ』。意味がわからない人も、ググらない方がいいです(笑)。彼は楽器は全くできないのでボーカルだった。そんな香ばしい2人が旅に出たら、どうなるのか……(笑)」  通常、演奏する際にはベースやドラムなどのリズム隊が存在する。彼らがペースを整えることでひとつの音楽としてまとまるのだが……あえてボーカル2人組で、何が起きるのか予測できない状況にしたのだという。
アフリカの子どもたち

コンドームを風船にして遊ぶ子どもたち

「僕ら2人とも、パンクバンドの『銀杏BOYZ』が好きなんですけど、日々の鬱屈などを叫んでみたら、ニュンビという曲になりました、みたいな(笑)。もしも釣れなかったら、僕たちの行き場のないエナジーはどうなっていたんでしょうね。……イベントなんかでは『なぜ釣りをするんですか』とか『どうして旅に出るんですか?』みたいな質問をよく受けるんですけど、そんな人たちって万事、意味を求めすぎている気もするんですよ。極論、僕らが旅に出たのは、彼女がいなくてヒマだったから釣りしかヒマつぶしがなかったから。その程度のもんなんです」
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怪魚が怪魚であり続けるために考えさせられた【ソング】
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明治大学商学部卒業後、金融機関を経て、渋谷系ファッション雑誌『men’s egg』編集部員に。その後はフリーランスとして様々な雑誌や書籍・ムック・Webメディアで経験を積み、現在は紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者。若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。X(旧Twitter):@FujiiAtsutoshi

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怪魚大全

世界49カ国、1075日をかけて釣り上げた驚きの怪魚・珍魚の数々。命を賭し、青春を竿にかけて真っ向から勝負したモンスターたちの全記録。TBSテレビ情熱大陸ほかテレビやネットでも話題の怪魚ハンター渾身の最新作! 

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