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ぶっ壊れたリングとカモナ・ワナレイヤ――フミ斎藤のプロレス読本#114【ECW編エピソード06】

ぶっ壊れたリングとカモナ・ワナレイヤ――フミ斎藤のプロレス読本#114【ECW編エピソード06】

『フミ斎藤のプロレス読本』#114 ECW編エピソード6は、ダウンタウン・フィラデルフィアのなぞのダンサー、カモナ・ワナレイヤのちょっといいおはなし(PhotoCredit: Linda Roufa)

 199X年

「なあ、踊ってくれないか。1曲でいいからさ。頼むよ」

 ポール・ヘイメンは、すがるような目をしてカモナ・ワナレイヤの細い腕をぎゅうっとつかんだ。

 もうほんとうにそうしてもらうよりほかになかった。リングが壊れてしまった。バキッと鈍い音をたてて、リングを支えている鉄筋の支柱のうちの1本が吹っ飛んだ。

 コーナーポストの鉄柱が内側に向かって斜めに傾いて、トップロープがだらしなくダランとなっている。“リング屋”のマイキー・ウィップレックが「ダメだ、ファックだ!We are fucked!」と叫んだ。

 いったんリングを完全に解体して、それから別の部品を取りつけないとどうにもならないみたいだ。撤収にはたっぷり1時間はかかるし、もういちど組み立てるのにまた1時間は必要だろう。時計の針は午前12時をまわっている。

 観客はイライラしながらメインイベントのサブゥー対ロブ・ヴァン・ダムのシングルマッチを待っていた。ECWアリーナはエアコン設備がない。どこにいたって暑いし、空気が重い。

 カモナは、ちょっと考えてから「……わかったわ」という顔をしてドレッシングルームの奥のほうへ消えていった。踊るなら踊るでそれなりの準備というものがあるらしい。

 ポール・Eはヘッドセッドのマイクに向かって「アナウンスしてくれ! カモナがやってくれるって」とがなり立てた。

 ロープがダランとなったリング上でリング・アナウンサーが“カモナ・ワナレイヤの特別ステージ”のイントロのおしゃべりをはじめた。遠くのほうで“オーッ”というどよめきが起きた。

 ドレッシングルームに残っていたボーイズは、ああ、よかった、よかったという感じで手をたたいて喜んだ。

 カモナは、フィラデルフィアのダウンタウンにある“ムーンダンサー”というエキゾチック・クラブで働いているダンサーである。

 お店で使っている名前はミス・クリスで、年齢は“19”ということになっていたけれど、ほんとうのところはだれもなにも知らない。あまりしゃべらない子だし、みんなもいろいろ聞かない。

 もちろん、カモナ・ワナレイヤは完ぺきなリングネーム。語源は“カモン・ナウ・アイ・ワナ・レイ・ヤCome On Now,I Wanna Lay Ya(なあ、やらせろよ)”。

 ようするに、フルネームをちゃんと発音すると、あたかもそういうコメントをしたかのような音になってしまうアダルドなギャグ。発案者はレイヴェンだった。

 ミス・クリスはミス・クリスで、フィラデルフィアのローカル風俗情報誌ではセンターフォルドのピンナップになるくらいの人気者だ。顔立ちが東洋系なのはコリアンの血が混じっているからで、クリス自身もオリエンタルのわかりにくさみたいなものをセールスポイントにして生きてきたのだという。

 プロレスとかかわるようになったのは、かなりまえからレイヴェンとは夜中に長電話をする友だちだったからだという。

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白いバスタオルを巻いたカモナが現れた

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