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新宿で唾を売る女に母性を求めた…ネットで話題の派遣社員“爪切男”が明かす壮絶な半生

 生まれてすぐに母親から捨てられ、母乳の出ない祖母のおっぱいを吸って育った。実家には多額の借金があり、父親からは鉄拳制裁を基本にしたスパルタ教育を受けていた。親戚や同級生からはイジメにも遭った。そんな境遇のなかで育ちながら、ブログや文学フリマで発信した実体験が話題を呼び、現在は日刊SPA!でもエッセイを連載中。1月25日にデビュー作『死にたい夜にかぎって』を上梓する爪切男(つめ・きりお)氏。壮絶に思える生い立ちだが、それでも前を向き、物悲しくもユーモア溢れる筆致で綴られる実体験の数々に「勇気をもらった」というファンも少なくない。  そこで今回は、いかにして物語が紡ぎ出されているのか。その裏側にあるものとは。本人を直撃してみた。 爪切男

ひとの痛みを知っているからこそ…

「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね」  爪切男氏は、「辛いことのなかにも楽しいことは必ずある。それを見つけて笑っていれば何とかなる」という父親の言いつけを守ってきた。 「悩んだり苦しいときでも物事の見方を変えて。泣いているよりかは笑っているほうが少しは気持ちも楽になると思うんです」  虫の裏側に似ているというひと言は、そんな笑顔に対し、学校でいちばん可愛いクラスメイトから言い放たれた言葉だった。そのトラウマからうまく笑うことができなくなってしまった爪切男氏。だが、その後さまざまな出会いと別れを繰り返しながら、少しずつ笑顔を取り戻していく。その半生を私小説としてまとめたものが『死にたい夜にかぎって』。日刊SPA!で連載中のエッセイ『タクシー×ハンター』を大幅に加筆・修正のうえ書籍化、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸に、様々な女性との実体験が綴られている。  たとえば、自転車泥棒だった初恋の相手、出会い系サイトで知り合った車いすの女性、初めての彼女となったカルト宗教を信仰するヤリマン、日々猛烈アタックを仕掛けてきた赤毛の女性ラッパー。濃厚そうなキャラクターが並んでいるが……そのひとつひとつが大切な思い出だという。 「なかでも印象に残っているのは車椅子の女性ミキさん。20歳の夏に童貞をささげてから現在まで、思い出さない日はありません。毎朝起きたら、まずは『今日も生きている』と思うのですが、同時に『僕の初体験は車いすの女性だったんだな』って。これは一生変わらないのかもしれません。そもそもブログを始めたのも彼女のことを書きたかったからなんです。こんなにも素敵な女性との思い出はなかなかないですから」 爪切男 夏がくるたび、彼女との思い出が鮮明にフラッシュバックする。 「彼女の顔はプロレスラーの冬木弘道に似ていた。ベッドの上に乗せようとしたが、うまく持ち上げられなくて、三沢光晴の必殺技であるエメラルド・フロウジョンと同じ形でマットに叩きつけてしまったんです」  そんなミキさんと初体験を済ませて以降、「甘い蜜を求める虫のように、女という花を次から次へと必死に飛び回った」という爪切男氏。そこまで女性にこだわることには、何が関係しているのか。 「昔は女性に対するコンプレックスがありました。小学校の頃は足が早くて結構モテたんですが、親父から『このまま育ったら、お前の顔ではモテない時期がくる。そのときは耐えろ』と言われて。案の定、思春期から大学生ぐらいまで全然ダメだったんですけど。続けて、『大人になれば顔で男を選んで痛い目にあった女性が世の中に溢れるから、そのときがお前の狩り場だ』って教えられて。勇気が持てました」  とはいえ、爪切男氏は彼女たちとの出来事を振り返り、目を細めた。それは、のちにブログを通じて奇跡の再会を遂げることになるが、生まれてすぐに捨てられてしまった“母親”。そして“家族”の姿を追い求めていたのだ。 「車いすのミキさんをはじめ、出会ったすべての女性に感謝しかありません。当時は生き別れた母親とも再会していなかったので、母性を求めていたと思います。風俗や出会い系など、それがお金や仕事のためであっても、『この時間をいっしょにいてくれてありがとう』って気持ちが強い。そう考えると、特にアスカは……」  爪切男氏が約7年間に渡って同棲していたアスカ。もともとは新宿で変態たちに唾を売り歩く少女だった。たくさん浮気もされた。爪切男氏はその怒りや悲しみを風俗に行ってごまかした。お互いに嫌なことも数えきれないほどあった。だが、帰る場所はひとつしかない。それが家であり、家族という存在なのだ。 「だから、なにがあっても家に帰ってきてくれたアスカは、本当に母親とか家族みたいな存在でしたね」  そんな家族とも呼べるアスカとの生活を中心に、様々な女性との実体験を振り返っていく。出会ってきた女性とは、現在でも連絡を取り続けているという。むしろ、相手から連絡がくることのほうが多いそうだ。過去の壮絶な生い立ちから、ひとの痛みを知っている爪切男氏。「女という花を次から次へと必死に飛び回った」というが、彼の優しさを求め、心を休めるために引き寄せられたのは彼女たちのほうだったのかもしれない。 爪切男「僕みたいな顔をしていても恋愛で嫌な思いをしても、それでも恋はしたほうがいいなって。たとえ、いま浮気をされていたり、泣きたくなるような状況にあっても、いつか振り返ってみれば良い思い出に変わっているはずですから」

ピエロのおじさんが泣く姿を見て人生を悟った

「昔、僕の町にサーカスが来た。裏山から望遠鏡でテントの中が見えたんですけど、ピエロのおじさんが玉乗りの練習をしながら号泣していた。表では楽しそうに笑っていてもその裏では泣いている。そこで人生というものが何かわかった気がしました」  今作のテーマのひとつには“笑顔”があるように思える。その真意とは、無理矢理に笑えというわけではなく、笑顔の裏には辛さもある。それをわかったうえで笑うということだ。そんな爪切男氏が綴る文章は、物悲しくも前向きな気持ちにさせてくれる。では、いま逆境にあり悩んでいるひとたちに向けて、ポジティブに思考を変換するためのアドバイスは? 「週刊プロレスの元編集長が武藤敬司さんに言われた言葉で、『人生で苦しいときは、プロレスでやられている時間だと思え』というのがある。プロレスって、やられているだけでは終わらないんですよ。また、相手にやられるからこそお客さんも応援したくなる。つまり、自分が辛いのをだれかが見てくれている。それが近くにいなくてもどこかにいるということを意識してほしい」  また、『死にたい夜にかぎって』のなかには、心に響くような格言めいた言葉が散りばめられている。その背景とは一体。 「やっぱり、僕の大好きなプロレスラーからの影響が大きいです。彼らは名言の宝庫。たとえば、アントニオ猪木さん。坂口征二さんが『猪木なんて馬場さんが出るまでもない。僕が3分間で片付けてやるっ』と挑発したときにこう返した。『坂口? 片手で3分だよ』。一瞬にしてひっくり返す。そうしたやりとりに昔から憧れていたんです」  そこから、いかにして独特なタッチの文章が生み出されているのか。実際の様子は……。 「布団と毛布をぐるぐる巻きにしたダッチワイフみたいなカタマリを机の後ろに置いていて。だいたい書き始めて1行目でつまるので、そこにダイブして抱きかかえる。何十回か繰り返しているうちに、ジーンとひらめくときがある。そのアイデアをメモに取って、書き始めて、また何回かダイブしていると、着席したままで大丈夫になる。普段の連載エッセイは、そこから1時間くらいで書きあげていますね」  そんな爪切男氏だが、昨年10万部超えの大ヒットを記録した『夫のちんぽが入らない』の著者・こだま氏とは、共に同人誌を作り、文学フリマに参加していた間柄。こだま氏が第2作目『ここは、おしまいの地』を1月25日に上梓するわけだが、奇しくも同日に著書を発売することになった。ついにプロの作家デビューを果たす現在の心境はいかがなものだろうか。 「女性に振り回されながら生きてきた人生。その遍歴が本になるという。僕らしいなって思います。今後は再会した母親のことなども書いていきたい。あとは、お世話になってきたひとやジャンルに恩返しをしたい。たとえば、プロレスとか。痛風になって歩けなくなってきた親父にも。いつかオーダーメイドのむちゃくちゃカッコいい車いすを買ってあげるつもり。地元でも話題になるじゃないですか。“改造車いすに乗っているジジイ”って」<取材・文・撮影/藤井敦年>
死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

⇒特設サイトはコチラ http://www.fusosha.co.jp/special/tsumekiriman/

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