五木寛之作品が暗いエンタテインメントなのに支持される理由
そして、終戦後、地獄が始まります。僕は司会を担当しているBS朝日『熱中世代』で、この時の話を宝田明さんやなかにし礼さんから聞いて、この連載に書きました。(「そこにはただ腐った人間がいた」戦争のリアルを語り続けるということ)
宝田さんの「夕食を取っていたら、ソ連兵が二人入ってきて、父親と自分そして兄の目の前で、母親を寝室に連れて行った話」は壮絶でした。残された家族は、ただ黙々とカレーを食べたと宝田さんは仰いました。
その後、宝田さんは大人になってもボリショイバレエもソ連映画もソ連音楽も、生理的に受け付けなくなったそうです。
なかにし礼さんは、引き揚げの時、乗せてくれと列車に群がる人達が貨車を掴み、けれど、その人達を乗せる余裕がないので、その指を一本一本剥がした記憶が忘れられないと仰いました。
五木さんも同じく『熱中世代』に出演して下さったのですが、その時、「ある時、道を歩いていると美しい歌声が聞こえてきたんだ。終戦後、娯楽なんかないから、その声に聞き入った。そしたら、それは、行進するソ連兵達が歌う曲だったんだ。あんなひどいことをする奴らが、こんな美しい声で歌を歌う」それは衝撃だったと五木さんは語りました。
どうしてあんな残虐なことをする存在がこんな清らかな声を出せるのだろう。それは人間とはなんだろうという強烈な疑問だったのでしょう。
五木さんは、たくさんの小説を書かれていますが、戦争中のものは書かれていません。書く気はないと仰います。「そんな小説を書いてほめられたら嫌じゃないですか」と五木さんは仰います。どんな地獄を見たのだろうかと思います。
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