更新日:2018年07月15日 16:29
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「そこにはただ腐った人間がいた」戦争のリアルを語り続けるということ

― 週刊SPA!連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史> ― ◆個人を翻弄する戦争のリアルを語り続けるということ 『HAKUTO~白兎(しろうさぎ)~』というリーディング公演で中村メイコさんとご一緒しました。 2歳半で芸能界にデビューして子役として人気を博した中村メイコさん メイコさんは、2歳半で芸能界にデビューして、子役として人気を博しました。  小学三年生の時、戦地に慰問に行ったのだそうです。九州の知覧基地から飛行機に乗せられて、離陸の時には、目隠しを求められました。上空では外せましたが、着陸の時にはまた目隠ししました。どこに慰問に来たのか、秘密にするためでしょう。  慰問の相手は、特攻隊員でした。後々、メイコさんは子供である自分が慰問に来た理由を知ります。特攻隊員は、死を目前にした時、美味しい食事や女を抱くことでは、自分を支えきれないと感じていた、というのです。  ただ、子供を見ると「この子供の未来を救うために、自分は死ぬのだ」と自分を納得させられたのです。  40分ほど、メイコさんは特攻隊員の前で歌ったあと、順番に抱っこされて、隊員たちの膝の上に乗せられたと言います。  一人一人、順番にメイコさんを膝に置き、後ろからギュッと抱きしめたそうです。 「3、4回は行ったわよ」とメイコさんは言います。  けれど、そこがどこかはずっと分からなかったそうです。  終戦後、ずいぶんしてメイコさんはサイパンに観光旅行に行きました。現地の通訳の人に、自分の名前を名乗ると、その人は、「メイコ・ナカムラ! 私は、あなたに会ったことがある! あなたは子供だった!」と叫んだそうです。  その言葉を聞いて、メイコさんは、「ああ、自分が慰問に連れてこられていたのはサイパンだったんだ」と分かったのです。 ◆そこにはただ腐った人間がいた  BS朝日で司会をしている番組『熱中世代』で、なかにし礼さんの話を伺いました。 なかにし礼 なかにしさんは、封印していた自分の戦争体験を、今、小説『夜の歌』で書き始めました。  終戦当時、なかにしさんは6歳でした。満州からの引き揚げの列車に、家族で運良く乗れたのだそうです。石炭を運ぶ屋根のない貨車に乗って進んでいくと、沿線の日本人が乗せてくれと殺到したと言います。  定員いっぱいで乗せられるはずもなく、列車に乗っていた軍人が、銃と剣で脅して、追い払いました。  が、動き出した最後尾の貨車には、人々が群がり、乗ろうと手をかけました。貨車の人達は、乗ろうと指の掴んだ一本一本を剥がしました。6歳のなかにしさんは、その一部始終を目撃したのです。  日本への船を待つ間、収容所にいました。ロシア兵が毎日やってきて、「女を出せ」と命令しました。日本人達は話し合って、「今日は○○の娘さんに行ってもらおう」と決めたのです。そして、その娘さんはロシア兵の所に行き、しばらくして泣きながら帰ってきます。  7歳になっていたなかにしさんは、その時の人々の反応に激しく憤るのです。人々は、戻って来た女性に対してなぐさめや感謝の言葉をかけるのではなく、それどころか、まるで汚いものを見るような目と態度で接したのです。  7歳のなかにしさんは、ゆっくりと確実に人間に絶望していくのです。  引き揚げの船の中では、ぎゅうぎゅうのざこ寝の中で、あちこちでセックスをする人々がいました。そして、ロシア兵への人身御供として娘や妻を出した人が、「今日は○○の娘さんに行ってもらおう」と決めた人を激しく罵り始めました。日本に帰るという段階になって、気持ちがそう変わったのです。  そのすべてを7歳のなかにしさんは目撃するのです。 「戦争は狂気だとか、人間が鬼になるのとか言われますけど、そんなカッコいいもんじゃないです」  なかにしさんは言います。  そこにはただ腐った人間がいたのです。人間というものがいかに愚かで、醜くて、どうしようもないか。戦争は国家の争いでも、翻弄されるのは一人一人の個人なんだとなかにしさんは言います。そこには、観念的な戦争ではなく、リアルな、どうしようもない戦争があるのだと。  中村メイコさんは81歳、なかにし礼さんは77歳。戦争のリアルを、いつまでも語り続けてほしいと思います。いつまでも。 ●「ドン・キホーテのピアス」は週刊SPA!にて連載中。連載をまとめた最新刊『この世界はあなたが思うよりはるかに広い』も好評発売中
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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中村メイコ―メイコめい伝 (人間の記録)

舞台・司会・執筆など多彩な活躍を続ける女優・中村メイコの半生記。朝日新聞社1977年刊「メイコめい伝」の改題。

生きるということ

がんが再発して闘病中の著者が、自らの命の危機と、自由と平和を失った日本の病を同時に見つめ、国家の強制にとらわれない、至高の不良としての生き方を語る

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