神戸山口組の最高幹部“電撃辞任”の内幕 組織運営を放棄?
日本最大の暴力団である山口組が分裂したのは、’15年夏のこと。全国各地で配下組員を多数従えての示威行為やトラックによる特攻、襲撃、発砲に射殺事件まで起き、激しく火花を散らした。分裂から3年半の月日が流れた今、表立った武力衝突は沈静化し、抗争劇がニュースで報じられる機会は少なくなってきている。
だがその水面下では、両組織の行方を左右しかねない火種がくすぶっている。発震源は、割って出た側の神戸山口組だ。暴力団事情に詳しいジャーナリストが語る。
「山口組結成100周年という節目の年に神戸山口組の井上邦雄組長らが謀反を起こしたのは、神戸山口組で総本部長という要職を担う正木年男組長の影響が大きい。策謀家でマスコミにも顔が効く正木氏は広報戦略を一手に引受け、神戸山口組がどう立ち回るか、戦略を練る責任者でした。
その正木氏が井上組長と衝突し、総本部長を降りる事態に発展したようなんです。分裂を主導したキーマン同士の内輪揉めは、神戸山口組の空中分解につながりかねない。警察もこの情報を掴んでおり、注視しています」
事の発端は、井上組長による厳しい叱責があったようだ。神戸山口組に親しい暴力団関係者が語る。
「ここのところ神戸山口組は勢いをそがれ、組織力はどんどん低下しています。芳しくない状況に苛立った井上組長が正木さんを呼びつけ、責任を問いただした。これが正木さんには受け入れがたかった。正木さんの立場からすれば、『山健組のふるまいにも問題がある』と言いたいでしょうから。
井上組長になじられた正木さんは、自分の若い衆を連れて神戸山口組を出ていこうとした。この時はある幹部が正木さんの足を止めて説得し、その場は収まったのですが、正木さんの気持ちは折れてしまった。神戸山口組の幹部が一同に介する定例会が2月8日にあったのですが、その席で正木さんが『総本部長を降りる』と言い出し、舎弟に直りました。つまり、組織運営にタッチすることを放棄してしまったのです」
総本部長の電撃辞任という異例事態に、神戸山口組は大きく揺れた。中でも山健組と双璧を成す中核組織・宅見組に、大きな変化が見られているという。
「神戸山口組という組織に対して冷めてしまっているのは、正木さんだけではない。入江禎組長率いる宅見組はある意味、もっと深刻です」
前出の暴力団関係者はこう語るのだ。
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