おっさんは面白くもないのに同じボケを何度もしつこくやる――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第54話>
―[おっさんは二度死ぬ]―
昭和は過ぎ、平成も終わり、時代はもう令和。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか——伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート!
【第54話】おっさんの天丼
昨今なにかと騒々しいお笑いの世界には「天丼」と呼ばれる技法がある。
同じボケを二度、三度と重ねて笑いを誘う方法だ。畳みかけるように連続して用いる場合もあるし、観客が忘れたころにポロッと出てきたり、最終的にそこに帰結したりと、観客に「またか!」と思わせる技法だ。
「なんで何回も繰り返すことを“天丼”って言うんですかね?」
天丼屋でそんなセリフを放っていた。
普段は、場外馬券場に行くと必ず喫茶店に連れて行ってくれる馬場さんだったが、なぜか今日は「昨日のメインレースで大勝ちしたから奢ってやる」と言って一度も来たことがない天丼屋に連れてきてくれた。
重厚で、高級感漂う店の門をくぐる。この下賤な街にもこのような高級店があったのだと感激が身を包んだ。
馬場さんもなかなか豪気なところがあるものだ、とワクワクしてお供したのだけど、馬場さんの想定を超える高級な店に入ってしまったようで、値段を見てブルってしまったらしく、小声でオーダーしているのを聴いてしまった。
「そう、松竹梅ってランクあるでしょ、それより下ないの? 草とかそういうランクないの? そう、なんなら天ぷらいらないから。それでいくら?」
それはもう天丼ではなくただのライスだ。やはり馬場さんは馬場さんなのだ。
そうしてオーダーされた天丼を待つ間、お笑い技法である「天丼」についての話題を振ってみた。
「なんで何回も繰り返すことを“天丼”って言うんですかね?」
僕のその質問に馬場さんは少し考えこむ様子を見せた。
「たぶんあれだ、天丼は美味しいから何回も食べたいとかそういう意味だろ。うん、そうだ。何回も食べたいもんな、天丼」
「なるほど」
なんだか妙に説得力のある説が飛び出した。そうかもしれないなあと思わざるを得ない説得力だ。
僕がこうして、馬場さんに“天丼”の話題を振ったのにはワケがある。それは馬場さんの“天丼”に苦しめられた経験があるからだ。
あの日は、確か馬場さんが前日のメインレースで大負けした日だった。ケツの毛まで抜かれるレベルで負けたらしく、いつもの喫茶店に行く金すらなく、奢ってくれとのことだった。
僕の奢りでいつもの喫茶店に行くと、馬場さんはスマホと睨めっこを始めた。どうもまた風俗店のサイトを眺めているらしい。
馬場さんはライフワークと言えるほどに風俗店のサイトを眺めることが好きだ。ちょっとブラウザのブックマークを見せてもらったことがあったが、ご丁寧にフォルダ分けされており、「おっぱい出しがちなサイト」「修正が強いサイト」「抜けるサイト」「店長のブログがつまらないサイト」とツワモノ感がプンプンに漂う分け方をしていた。
いつもは半分ニヤけた表情でそれらのサイトを凝視しているが、今日は違う。ちょっと怒りながら、なんなら念力で画面を割ろうとしている感じで睨みつけていた。
「ちょっとみてくれよ」
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri)
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