更新日:2019年09月08日 16:41
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西荻窪にある“唯一のラブホテル”の存在感/文筆家・古谷経衡

独りラブホ考現学/第14回  中央線沿線はラブホテルの巨大な空白地帯であることは、すでに本連載第10回「ラブホ不毛地帯の中央線沿線、唯一の希望は阿佐ヶ谷にあった」で示したとおりである。 その理由をもう一度復習すると、この地域は戦前から都心至便の住宅地として、駅前の宅地化が盛んにおこなわれていた事。しかし、戦時中に米軍の爆撃をほとんど受けておらず、非戦災地域として狭隘な路地と住宅街が複雑高度に入り組む地形がそのまま戦後の高度成長期にスライドした事。要するに、この地域には戦前からの高密度な住宅地が重層した結果、ラブホテルの入り込む余地が無かったのである。

デ・ラ・フィノ入口

ラブホ空白地帯にひっそりと佇む

 1945年3月のいわゆる「東京大空襲」を皮切りに、米軍は都合4回にわたって東京市街を大規模に盲爆した。さらに東京大空襲の前、多摩地区に対しては中島飛行機武蔵製作所を中心とした飛行機工場の集積から、米軍は現在の吉祥寺(武蔵野市)を中心に精密爆撃を行った。しかし、中央線全体で見れば、その西端(武蔵野以西)と東端(都下)の間に位置する、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻窪に対するそれは無風地帯であった。  このような地域事情から、中央線沿線はその抱える膨大な住宅人口に比例して、ラブホテルが極端に少ないラブホ空白地帯の一つとして戦後そのまま高い地価を維持したまま市街地の重層化が進んだのである。  そんなラブホ空白地帯の一つにある、西荻窪に唯一存在するラブホテル。ホテル デ・ラ・フィノがそれである。JR西荻窪駅から徒歩1分。地下1F、地上7Fを誇る細長いビルが当該物件だ。  一見して「休憩・宿泊」の看板が無ければ「イタリアンレストランか何かか」と見間違うほど、該ホテルの間口は狭い。まさに”ウナギの寝床”というという奴で、入ると1Fロビーは細広い造りになっている。

室内はいたって清潔

浴室はガラスで仕切られており、やや豪華

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(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/評論家/令和政治社会問題研究所所長。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数

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