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街中をほふく前進で進む男。一体なにをしているのか?

 昨年10月、TERATOTERAというアートプロジェクトが駅伝芸術祭と銘打って、高円寺から西荻窪の区間でアートパフォーマンスをしながら駅伝をするという前代未聞の企画を行った。その中で、荻窪から西荻窪間をなんと、匍匐(ほふく)前進で踏破しようとしたのが美術家の佐塚真啓さん。彼は、肘を痛めながらも必死の匍匐前進で西荻窪を目指した。しかし、850m地点で無念の日没タイムアウトとなり、悔し涙を飲んだのだった。
匍匐前進

西荻窪駅までの戦いが始まった

 人はなぜスポーツをするのか、人はなぜ芸術をするのか。2019年6月1日午前8時、そんな問いに答えを出すため、そしてリベンジを果たすために佐塚さんは、荻窪駅前に這いつくばった。

荻窪駅前に這いつくばった男

「何のために匍匐前進を!?」  そんな野暮なことを聞く間もなく、佐塚さんはズリズリと進みはじめた。複数の路線が交わる荻窪駅前は人も車も多く、当然好奇の目にも晒される。環八通りから荻窪駅に入ってくる車がひっきりなしに通るこの横断歩道。
匍匐前進

バスが真横を走り抜ける

 ほんの一瞬の車の切れ目を見つけ、全力で横断歩道を渡る際「クッ!クッ!」という苦しそうな息遣いがきこえる。サポートをする方々が車からの死角になっている佐塚さんの安全を守りながら進む。  ひとたび乗ってしまえば、ほんの2分で西荻窪まで連れて行ってくれる電車が、嘲笑うように走り去る。スタートから400m進んだ辺りで時刻は8時35分。牛歩というけれど、牛の歩く速度は時速4km、佐塚さんは牛よりも圧倒的に遅い時速0.8kmで進んでいる。これがどのくらいの速度なのかというと……桜前線だ。桜前線と同じ速度でゆっくり這い進んでいるのである。
匍匐前進

苦悶の表情を見せる佐塚さん

匍匐前進

周りのサポートを受けながら進む

 環八を超えると住宅街。9時をすぎて太陽が力を増す。トボトボと並走する私でさえ汗が滲むようになってきたが、地を這う佐塚さんは照り返しの影響もモロに受ける。それに伴って変わっていく表情。氷をあてがってもらいながらの前進だ。
匍匐前進

ゴミを拾う女性

 そんな中、50mほど先を進んでいる女性がいる。彼女は、地面に体を擦りつけながら進む佐塚さんに危険が及ばないように、道に落ちているゴミや吸い殻を拾いながら歩く、露払いの役目だ。本当は側で声をかけたいだろうに、一人で黙々とゴミを拾っている姿に、胸を打たれる。
匍匐前進

危険な工事現場を進む

 周囲の協力もあり、前回タイムアウトとなった850m地点をこえた。息は上がっているが順調だった。しかし、住所が西荻窪になるあたりに突入したのが10:30。肘に痛みがで始めた影響もあって、ここ400mは70分を要している。周囲も応援と心配が半々になってきた。その速度はカメと同等の時速0.3km余りにまで落ちてきて、時に頭を地面につけたり「あー!」という声が上がるようになる。そんな佐塚さんに、試練が訪れる。工事現場だ。車が交互通行して道幅が狭くなっているため、急いで抜けないと事故の危険がある。少しの休憩を挟み、その難所を(速いとはいえないが)全力で通過した。
匍匐前進

商店街に入る

 正午、ようやく西荻窪駅から伸びる商店街の端までたどり着いた。しかし、容赦なく上がる気温に顔は紅潮し、1m進んでは頭を下げ休みながらでないと進めないばかりか、仰向けになり10分以上動けない時間さえでてきた。通行人も、この頃になると「倒れてる人がいる」という見方をする人がほとんどになり、周囲の脳裏にはギブアップもちらついている。  佐塚さんからも、はっきりと「痛い」という声が漏れ始めた。4時間以上、アスファルトに擦り付けながら体を支え引っ張ってきた肘に激痛が走りはじめたのだ。さらに「足がつってる」と顔を歪める。もはや、時速云々ではなく基本的に止まっていてたまに動くといった程度の進み方だ。いよいよギブアップが近づいてきたかと感じていると、それに拍車をかける者がやってきた。
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警察が出動! もはやこれまでか?
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