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米軍地位協定を破棄したフィリピンの民主的自意識の高さ/古谷経衡

米軍地位協定を破棄した比の民主的自意識の高さ

 フィリピン政府が訪問米軍との間に取り決められた米軍地位協定を破棄した。報道によると同国大統領のロドリゴ・ロア・ドゥテルテ大統領の指示であるという。「もはや我々はアメリカの植民地ではない」と公言してきたドゥテルテ大統領のこの決定は、特段驚くには値しない。
ショッピングモール

沖縄・嘉手納基地よりも広い在比米軍の最大拠点・クラークフィールド基地跡地のショッピングモール。カジノも併設されていて、現地人だけでなく観光客の来訪も多く活況を呈している。軍事基地より稼げるなら、日本も追随するだろうか 写真/時事通信社

 フィリピンは中近世における約400年間のスペイン統治後、19世紀末、米西戦争の結果宗主国がアメリカに交代した。アメリカの統治時代、フィリピンは「アメリカの茶色い兄弟」と呼ばれた。アメリカはフィリピンを極東の軍事拠点にしようと、膨大なインフラ投資をした。  第二次大戦の悲劇を経てフィリピンは独立したが、それはアメリカの意向に沿ったものであった。親米独裁のF・マルコスが政権を取ると、この政権は実に1986年のピープル・パワー革命までフィリピンの隅々を支配した。20世紀のフィリピンは、実に約100年間、アメリカの追従下にあったのである。  マルコスが打倒され、政権が民衆の声を受けたアキノ大統領に交代すると、フィリピンの民族的自意識は爆発した。現在の沖縄と同様、在比米軍の治外法権や乱暴狼藉は当時のフィリピン民衆に大きな反基地感情を与えていた。アキノ政権は米軍への土地・建物の使用等を拒絶し、1987年にフィリピン議会が米軍撤退を決議。さすがのアメリカも民主的決定に逆らうことはできず、1992年、陸海空すべての米兵が一兵残らずフィリピンから撤退したのである。  しかしながら21世紀に入り、南沙・中沙諸島海域での対中脅威が次第に高まると、いまだ有効である米比防衛条約に基づき、フィリピンは再び米海軍艦艇や航空機の訪問を許可した。だがここでも訪問米軍に対する不平等感(米兵の不逮捕事案等)でフィリピンの民族的自意識は高揚し、今回の地位協定破棄に至ったのである。  日本のすぐ南にあり、経済的には我が国の15分の1未満の規模にすぎないフィリピンが、民主的決議を経て米軍を追放し、米軍との不平等にNOを言うという先例があるにもかかわらず、戦後75年を経てもなお「アメリカ様」の軍事力にすがり、米軍基地に反対するものは反日という、お門違いの奴隷根性をわめき散らす者が現在の我が国における「保守」のスタンダードであることを考えるとき、フィリピンとの民主的自意識のあまりの落差に愕然とする。

米軍基地利用について日本は比から学べるか

 私は数年前、沖縄・嘉手納よりも広大とされた在比米軍の最大拠点・クラークフィールド基地の返還跡地を取材したが、医療特区が新設され、カジノやショッピングモールが乱立して街は活況を呈していた。ドゥテルテ大統領はこの地区の劇的開発を前政権(アロヨ)から引き継いでいる。  米軍基地の代替に複合商業施設等を建設したほうが経済効果は明らかなのに、日本の「保守」は、「在日米軍が居るから尖閣事案もこの程度で済んでいる」などの破綻的擁護を逞しくし、徹底的なアメリカ追従の意思を崩さない。多少貧しくてもアメリカに断固NOを突き付けるフィリピン国民を私は羨ましく思うと同時に、地位協定の破棄など微塵も考えず、俳優や女優の不倫報道に汲々とする日本人の平均的な民主的自意識のあまりの低さに慄然とする。 (ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/文筆家/評論家。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数
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