山奥の牢獄に、似つかわしくないエロビデオ一本。その正体は――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第78話>
これは怪盗の予告状ではないか?ということになった
3人が困惑した。「セックス・アンタ・ト・シテェ」がここにある理由が分からないのだ。「セックス・アンタ・ト・シテェ」である。ここは山の中のプリズン、研修中、そして「セックス・アンタ・ト・シテェ」パッケージで微笑む金髪のお姉さん。それらが頭の中で繋がらずに困惑した。
僕が冗談交じりに言った。
「これって、キャッツ・アイの予告状に似てませんか?」
本物のキャッツ・アイは、盗みに入る際に予告状を出す。いわゆるキャッツカードと呼ばれるものだ。
「あなたのハートをいただきにあがります」
とか書かれているやつで、作品を象徴するアイテムとして知られている。その予告状が斜め45度で床に刺さっていたりして印象的なシーンがあるのだけど、ちょうどそんな感じでDVDが斜め45度で穴の中に入っていたのだ。ただそれだけ、斜め45度だった、それだけの理由で「予告状みたいじゃないですか?」と言ってしまった。セックス・アンタ・ト・シテェ、が予告状じゃないのか? と言ってしまったのだ。
そんなバカな、みたいな反応かと思ったが、そうではなかった。
「そうかもしれません。だって、アンタとシテェですよ。これは予告では? メッセージ性を感じます」
そう言ったのは大下君だった。メッセージ性とか言い出してしまった。
「つまりなにか? この娯楽のないプリズンを救うためにそういう女が来るってことか? このプリズンに」
薮田さんがそう言った。どこにそんな女がいるんだよ。
たぶん僕らは暇だったんだと思う。娯楽も何もないプリズンだ。そうやって妄想を膨らましていないと暇でしょうがなかったんだと思う。
これはちょっとした騒ぎになって、大下君を通じて他の部屋の連中にまで伝わってしまった。夕食の時などは、「エロい女からセックス予告が届いた、今夜ハートを奪いに来る」みたいな話題が貧相で簡素な食卓を彩った。
「いちおう、万が一ってことありますから玄関の鍵は閉め忘れたことにして開けておいた方がよくないですか?」
大下君がそう言った。ベンゼン環みたいなメガネを光らせてそう言った。どこまで本気なのか分からない。
結局、まあ当たり前だけどその夜、エロい女はこなかった。予告が不発に終わった形だ。「セックス・アンタ・ト・シテェ」と叫びながら侵入してくるエロい女はいなかったのだ。あたりまえだけど。