お前かよ
ただ、もう一つ、大きな山場があった。
身支度をし、その日の研修に行こうと準備していると、薮田さんが申し訳なさそうに切り出した。大下君はもう先に行ってしまい、僕と薮田さんが残された部屋で切り出された。
「あのDVD、俺のだったわ。思い出した」
話を聞くと、薮田さんは何度もこの施設に泊まり、何度もこの部屋にも泊まっていた。そして、前にこの部屋に宿泊した時に同僚から「セックス・アンタ・ト・シテェ」をおすそ分けしてもらったようなのだ。どういう文化なのか分からないが、おすそ分けされたようなのだ。
ただ、妻子ある薮田さんはそれを家に持ち帰るわけにいかなかった。研修から帰ってきたら夫のバッグに「セックス・アンタ・ト・シテェ」これでは阿鼻叫喚の生き地獄である。それは避けなくてはならない。困り果てた薮田さんは、あの大穴に隠したそうだ。
「よくあるよな、絶対になくしちゃいけない書類を失くさないように普段使わない特別な場所にしまったら、その事実を忘れちゃって書類が見つからなくなるの。あれと一緒で絶対に忘れないように穴に隠したらそれ忘れちゃって」
よくあるけど「セックス・アンタ・ト・シテェ」は忘れねえよ。
「キャッツ・アイはいなかったんだ」
そう言った薮田さんに、いいえ、いましたよ、たった1枚のDVDでこの娯楽のないプリズンに宿泊するみんなを騒然とさせ、そのハートを鷲掴みにしたんですから。予告通り、僕らはハートを奪われたんです。薮田さんこそ平成のキャッツ・アイですよと、言おうと思ったけど言わなかった。
また次の後輩たちもこれで騒然となって欲しい、そんな思いから僕らは二人で目配せし、「セックス・アンタ・ト・シテェ」をあの大穴に斜め45度で穴にしまい込み、その上に龍の像を置いた。
「さあ、研修に行こう」
「はい!」
僕らは元気に部屋を飛び出した。龍の像だけは変わらず台の上に鎮座していた。
ちなみに全然関係ないけど、キャッツ・アイのパロディAVと思われる「童貞泥棒チェリーキャッツ 前編」はなかなかの名作なので、是非ともチェックしてほしい。

ロゴ・イラスト/マミヤ狂四郎(@mamiyak46)
テキストサイト管理人。初代管理サイト「
Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。6月29日、本連載と同名の処女作「
おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)を上梓。ブログ「
多目的トイレ」 twitter(
@pato_numeri)