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葬儀という儀式の必要性と、香典半返しの苦痛な作業/鴻上尚史

苦痛な香典の半返し

 またお坊さんが来てくれて、今度はまた、小冊子を配って、意味の分かるお経を読みました。  そして、参列者で食事をして終わりました。  当事者になって、やっと、これだけ儀式を続ける理由を実感しました。  死んだ日に隣で寝て、次の日に通夜をやり、また隣で寝て、次の日に葬式をやり、出棺して、火葬し、骨を拾い、初七日をやり、みんなで食事することで、ようやく哀しみが一段落しました。悲しい気持ちは続いていましたが、ゆっくりと着地する予感がありました。  なるほど、昔の人は、肉親の死と折り合いをつけるために、これだけの手順を考えたんだなと感じました。  問題は、次の日でした。  僕は東京に、弟は福岡に戻るので、四十九日の法要の手筈と、そして、香典の金額の確認と半返しの作業が待っていました。  僕達は、内々ですまそうと「家族葬」という形式を選びました。それでも、香典を下さった方は、四十人ほどになりました。  大変な作業でした。  これが一般葬で百人を越していたりしたら、個別の金額を確認し、半返しの品物をそれぞれに指定するという作業がどれだけ苦痛か。どれだけ、悲しむ遺族をさらに苦しめことになるのか、と心が痛みました。 『神社で柏手を打つな!』(島田裕巳/中央公論新社)が、「半返し」という習慣は、伝統とはなんの関係もなく、1970年代に広がったものだと解説しています。  1970年に発売され、ベストセラーになり、続編を含めて700万部売れた、塩月弥栄子の『冠婚葬祭入門』では、「香典は、他家の不幸に同情し、相互扶助的な意味もあって贈られたのですから、感謝の挨拶状だけでもよいのです」と書かれています。 『岩波仏教辞典』では、「仏事が終り余りが出れば、香奠返しをする。また仏具などを買って菩提寺に寄進する」と「香奠(香典)返し」を説明しています。  半返しは日本の伝統ではなく、最近、生まれてきたのものなのです。  誰が、なぜ、始めたのか?  どう考えても、「半返し」をビジネスにした人達が始めたという結論しかないのです。次回で最後です。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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