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政治家の無教養を後ろ指をさして笑っていても何も生まれない/鈴木涼美

安倍晋三首相は、1月28日の参院予算委員会で、地元事務所が功績とは関係なく幅広く桜を見る会の参加者を募集した件について「幅広く募っているという認識で、募集しているという認識ではない」と答弁。翌日野党議員が追及のために大きく「募る」と書かれた資料を用意した
安倍首相

写真/毎日新聞社

尊んではいますが尊敬はしていません/鈴木涼美

 売春防止法のある日本においては、夜の世界は○○しているわけじゃなくて××しているだけ、という言い訳に溢れている。売春したわけじゃない、お風呂屋に来た人と1時間自由恋愛をしただけ。売春斡旋をしたわけじゃない、出会いの場を提供しただけ。性行為をしたわけじゃない、射精を手伝っただけ。パチンコは賭博ではない、遊技に景品がついてくるだけ、というのもちょっと似てる。  私たちだって、それは取り締まりに対する言い訳として機能しているだけで、実際は○○と××は何も変わらないことを知っている。そして、何も変わらない実質に言葉のモザイクをかけることによって、いとも簡単に許されることもよく承知している。  社会が言葉で規定されたものである以上それはそうで、だから結構ひとは言葉を舐めているのだけど、パパ活嬢が売春婦と呼ばれるのを嫌うように、スカウトマンを女衒と呼ぶと蔑称になるように、いつしか自分も言葉に救われたり、拠りどころを求めたりするようになることもある。  このほど首相は「募っているが、募集しているという認識ではない」という難題を国民に突き付けた。これをかつての首相が踏襲をフシュウ、頻繁をハンザツと読んだような単なる知識のなさと言うことも確かにできる。あるいは不信感が募る、といった使い方でわかるように募るのもう一方の辞書的な意味「よりひどくなる・激しくなる」の用法で使用しており、桜への思いが人々の心に幅広く募っていたと言いたかったのかもしれない。  あるいは「募って」ではなく「集って」と言おうとした、という見方もできる。表現は稚拙だが、幅広い層の方々が自然に集ったという意味ととれなくはない。もしくは「ツモって」と言うべきを嚙んだとも邪推できる。麻雀のツモを動詞にした用語だが、現在ではパチスロ台をうまく選んだ、いいものを自らの運で持ってきた、というスラングとしても使われる。勝負運と勘でいい感じの招待客をツモってきたととることもできる。
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政治家が言葉のモザイクで保身に走るその不毛を自省的に振り返りった?
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