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避難計画がはっきりしないままの女川原発再稼働はあまりに拙速だ/鈴木涼美

11月11日、東日本大震災の被災地である東北電力女川原発の再稼働に、宮城県知事、石巻市長、女川町長が同意を表明した。避難計画の実効性を疑問視する意見がある一方、地元では人口減少が続く女川町への経済効果を期待する声も大きい
鈴木涼美

写真/時事通信社

Baby boy わたしはここにいるよ/鈴木涼美

 存在を軽んじられたホストの客の復讐心が会いたいとか寂しいとかいう気持ちを打ち破った時、よくやる報復の手段は「もう会いに行かない」というものだ。  見込んでいた売り上げがなくなるホストには痛手だし、女としても、失って初めて私の大切さを痛感すればよいという気分があって、たとえお金のためであっても、渾身の好きとか会いたいとかいう言葉を引き出し、自尊心を回復するのがお決まりの展開。  ただ、残酷なことに人が一人欠けても地球は回るので、男が「いなくても意外と大丈夫」と割り切って前を向いてしまったら、大切さに気づいてもらう作戦は失敗に終わる。引き止めてもらう快感のために別れ話を繰り返し、引き止めてもらえずに散っていった女たちもよく見かけた。  そのまま散ればいいのに、なぜか彼女たちは結構戻ってくる。そして引き止めはしなかった男も戻ってきた金づるにはもちろん優しいので、女は再び沼にハマっていく。  宮城県の村井知事が、東北電力女川原発の2号機について再稼働の前提である地元同意を表明した。震災から10年たたない現在、被災した原発の地元同意は初めてのことで、尚且つ政府からの同意要請からたったの8か月後のすんなりとした同意は拙速との見解もある。確かに、新薬導入や大麻合法化、同性婚や夫婦別姓など、何事も亀のあゆみの如く慎重なニッポンにしては異様に早い展開だ。  避難経路の問題がはっきりしないままでの同意によって今後、現在停止中の他の原発の再稼働に弾みがつく可能性も否定できない。  思えば福島第1原発事故の直後、「当たり前だと思っていた東京の電力」という言葉はよく聞いた。ドライヤー使って電車乗って夜は電気つけて映画見ている時にはこれが原発によって支えられているなんて意識してなかった、計画停電などで思い知った、原発の地元にリスクを押し付けてきた私たちも悪いよね、と。  ただ、時間の経過とともに、強い人類は原発なしの日常を逞しく生き、原発なしの未来に向けて力強く太陽光や再生エネルギーに注目するようになった。いなくなった直後は依存していたことに気づいたけれど、残酷なことに地球は回った。  戻ってきたら戻ってきたで、優しくする男はいるだろう。いない間に、原発と深く結びついた地元経済に、別の光が差していないなら尚更。  菅首相は所信表明演説で2050年までに温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げ、省エネや再生エネ、「安全最優先」の原子力政策を強調した。予算委でも「しっかりした避難計画が作れない中で再稼働を進めることはない」と述べたが、女川の避難計画には、実効性を疑う声も多い。  就任後、学術会議問題などでも、矛盾を隠そうともしない答弁や答弁を回避するコメントを続け、言葉や発話を伝達や表現の手段ではなく「おクチの体操」くらいにしか捉えていないかに見える新しき日本のトップが、国民を納得させるという説明責任の大切さに気づくのはいつだろう。 ※週刊SPA!11月17日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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