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自民党の総裁を決める「派閥」とは何か/倉山満の政局速報

弱すぎる野党と自民党総裁選

 自民党総裁選挙は、総理大臣を決める選挙です。本当は衆議院の総選挙が総理大臣を決める選挙なのですが、何回やっても自民党が勝ってしまいます。理由は、自民党が強いからではなく、野党が弱すぎるからです。
枝野幸男

画像:枝野幸男オフィシャルサイトより

 この期に及んで、野党第一党である立憲民主党の支持率は自民党の五分の一。  日本人で「枝野幸男さんに総理大臣になってもらいたい」なんて考える人は、よほどの変わり者かカルト。  ネッシーやツチノコと違って、「枝野信者」「立憲カルト」は実在するから困るけど、その人たちが日本の多数派になったら天変地異。  孔子様は言っています。怪力乱神は語らず。社会のことを語る時は、地に足が着いた話をしましょう。

自民党の派閥は、普通の意味の派閥とは違う

 本題。自民党の総裁は、派閥の連合で決まります。では派閥って、何なのか。  辞書で引くと「仲間の集まり」とかナントカ書いていますが、自民党の派閥は意味が違います。ここが難しいところ。  自民党の派閥は、普通の意味の派閥とは二つの点で違います。  一つは、自ら「派閥」と名乗ること。会社で、「ウチは、会長派、社長派、専務派と分かれています」なんて自己紹介するところはない。あるかもしれないけど、相~当~、変な会社。むしろ、「あいつは派閥を作っている」というのは悪口で使われるもの。ところが自民党は派閥を名乗る。  もう一つは、政治の世界の派閥は相手を抹殺するまでやるけど、自民党はやらない。例外はない訳ではないけど、基本はやらない。  この二点が自民党の派閥が普通の派閥ではない理由です。では、どうして自民党に派閥ができたのか。

どうして自民党に派閥ができたのか

 もともと、自民党は自由党と日本民主党が合同してできた政党です。その自由党と日本民主党も、離合集散を繰り返して結成されました。だから、合併する前の政党でいっしょだったひとたちが、合併後もそのまま派閥として人間関係を残す、と言うことを繰り返して自民党に派閥ができ、その後も67年間の間に多くの離合集散が繰り返されてきた、ということです。  自民党の派閥の原型は、1956年の第1回自民党総裁選です。この時に、八大派閥ができました。別名「八個師団」。目的は「親分を総理大臣にすること」。総理大臣になりたい人は、子分を作る。子分を集めて派閥を作る。派閥の親分のことを「領袖(りょうしゅう)」と言いますが、総理大臣になりたければ、派閥を作れ! ということになります。
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領袖全員が総理大臣になった五大派閥「三角大福中」
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