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女系天皇を認めると、「圭上皇」が誕生するところだった/倉山満

女系天皇を認めると、「圭上皇」が誕生するところだった

言論ストロングスタイル

10月26日に行われた小室圭さんと眞子さんの結婚記者会見。婚約内定時から、賛否の声に包まれ続けた二人だが、米国での生活は安寧であることを祈るばかりだ 写真/日本雑誌協会代表撮影

 もはや、「国民を敵に回した10分間」としか言いようがない。小室眞子・圭夫妻の記者会見だ。  一方的に声明を読み上げて退席。質疑応答の代わりの回答文には、殺伐とした返答が並ぶ。生放送で、民放のスタジオには困惑が広がっていた。「こんなものは記者会見でも何でもない」と。今後、女性週刊誌を中心に井戸端会議が繰り広げられるだろう。暗澹たる気持ちになる。  あえて小室圭氏を褒めよう。神経が縄文杉のように図太い。また、小室圭氏のおかげで、女系天皇論を葬り去る流れが出来上がった。かつては旧皇族の男系子孫の皇籍取得に反対だった国家議員の先生方でも「アレが皇族になるなど、とんでもない」との声が多数だ。  もし女系天皇が認められたら、小室圭氏は皇族となる。眞子内親王殿下との間の子供は皇族、天皇になれる。その暁には、「天皇の父」として上皇になる資格が生じる。あまり知られていないが、天皇にならずに上皇になられた方は、「不登極帝」と言って、三例ある。女系天皇を認めると、史上初の民間人出身「圭上皇」が誕生するところだったのだ。

皇室の歴史で男女関係が政治を動かした事例は星の数ほどある

 皇室の歴史は公称2681年。男女関係が政治を動かした事例など、星の数ほどある。  推古天皇は蘇我馬子と不倫関係にあったと伝わる。  中大兄皇子は大海人皇子から恋人の額田王を奪い、対立。二人の子孫は100年に渡る抗争を繰り広げた。  称徳天皇は、愛人と噂された弓削道鏡を皇位につけようとした。  平城天皇は愛人の藤原薬子に誑かされて変を起こし、「二所朝廷」が出現。日本を二分する動乱に突入しそうになった。  保元の乱の遠因は、白河法皇が孫の鳥羽天皇の妻を孕ませたことだった。鳥羽天皇は、崇徳天皇を実の子と認めなかった。  承久の乱は後鳥羽上皇が裁判で自分の妾に依怙贔屓せよと鎌倉幕府に迫ったところから始まった。  後深草上皇は実の妹と近親相姦関係にあったが、これまた実の弟の亀山上皇がその妹を奪った。ところが、それは兄のハニートラップだった。南北朝の動乱の始まりである。

政府の崩壊、自殺未遂、権威の失墜……

 建武の親政において大功のあった護良親王は、後醍醐天皇の寵姫だった阿野廉子が追い落とされた。建武政府が崩壊する始まりとなった。  足利義満は後円融天皇の後宮を漁りまわった。妻の不貞を疑った天皇は錯乱、自殺未遂の末に、廃人同様の状態に追いやられた。  江戸初期には猪熊事件と呼ばれる宮中乱脈事件が発覚。美男子と評判だった公家の猪熊教利が天皇の女官達との不義密通を重ねていた。これは徳川幕府の朝廷への介入を招き、後陽成天皇の権威は失墜した。  近代でも、「大正天皇の従妹が不倫した」というだけの白蓮事件は大騒動だった。  無理やりの弁護になるが、小室夫妻は、ここに挙げた人々ほど問題を起こしたわけではなかろう。  ただし、「さーやさん」と親しまれた紀宮殿下が一般人の黒田慶樹さんとご結婚された時のような、国民からの歓迎がなかった事実だけは指摘しておく。
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皇族に人権はない。だから尊い
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