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終わらない「安倍政権」という悪夢<京都精華大学准教授・白井聡氏>

「ウクライナ・モデル」の確立

―― 岸田政権が対ロ強硬路線に転じたのは、明らかに外務省主導です。彼らはそれにより、尖閣有事などの際に米軍に守ってもらおうと考えているのだと思います。 白井 その目論見は失敗すると思います。というのも、アメリカは今回の戦争を通して「ウクライナ・モデル」とでも呼ぶべきものを確立しつつあるからです。  この間の動きを振り返ると、バイデン大統領はロシアが軍事侵攻に着手する前から「ロシアは本気だぞ」というメッセージを世界に向けて発信していました。実際、ロシアはウクライナに攻め込んだわけですから、バイデンの得ていた情報は正しかったわけです。しかし、それほど正確な情報を持ちながら、バイデンは早くからウクライナに米軍は送らないと明言していました。これがプーチンに全面侵攻を決断させる一因になったと思います。  実際に戦争が始まると、アメリカは米軍の派兵は拒んだものの、軍事支援に踏み切りました。その結果、この戦争はウクライナにとっては祖国防衛戦争ですが、第三者の視点から見れば、ロシアとNATOの代理戦争の様相を呈するようになっています。  アメリカの強力な支援もあって、ロシアはウクライナ相手に苦戦を強いられ、大変なダメージを受けています。他方、アメリカはノーダメージどころか、むしろ利益を得ています。  まず、多くの武器が必要になったため、アメリカの軍需産業は大変な利益を上げています。ロシアの侵攻に震え上がったヨーロッパ諸国も軍備拡張に乗り出しているので、ここからさらに利益が得られるでしょう。また、ロシアに対する経済政策の結果、エネルギー価格が高騰しています。アメリカには石油もガスも売るほどありますから、これもアメリカの利益になります。さらに、戦争が始まって以降、何度か停戦交渉が行われましたが、アメリカが停戦を後押ししたという話は聞こえてきません。さらに、戦争が長引くにつれて、ロシアの国力に対する悪影響は深刻化するでしょう。この戦争はアメリカの国益に合致しているのです。  自分たちの手は汚さず、武器だけ送って利益を得る。そして、敵対的な大国の力を殺ぐ。これが私の言う「ウクライナ・モデル」です。台湾や尖閣などで有事が起こった場合、アメリカはこのモデルを適用すると思います。台湾人や日本人を中国人にぶつけ、自分たちの手は汚さない。  殺し合いは黄色いサルどもにやらせておけばいい。これがアメリカの本音でしょう。バイデンが日本に来たとき、台湾防衛を明言したあと、すぐにそれを否定するということがありましたが、あれはおそらく意図的にやっています。現在のアメリカの権力中枢とその近傍では、東アジアで大きな紛争が起こっても構わない、というかそれは不可避であり、あとはどうやってそれを通じて自分たちの利益を最大化するのか、というスタンスになっていると思います。日本の防衛費倍増という話も、アメリカの軍需産業をたんまり儲けさせますからね。  残念ながら日本はこの戦略にまんまと乗せられると思います。それは安倍政権であれ岸田政権であれ変わりません。もともと自民党はCIAの資金でつくられた政党ですから、アメリカに追従するしか能がないし、なにせここにあるのはアメリカを頂点とした「戦後の国体」と言うべき権力構造なのです。戦前の天皇制ファシズムの相続人たる親米保守支配層は、この国体を護持するために日本国民の生き血をすすり続けるでしょう。最近、安倍氏が興奮して「核シェアリングだ」「敵地攻撃能力だ」と喚いていますが、アメリカは「またこいつを使うか」とでも思っているのではないでしょうか。実際、日本の核武装を許容するべきだといった議論がいまアメリカでどんどん出てきているそうです。

アメリカに利用される歴史修正主義者たち

―― 日本が中国とぶつかると、日本で排外主義が強まるはずです。アメリカはそれを良しとするでしょうか。 白井 アメリカがそれを受け入れるかどうか、一つの指標になるのは、アメリカが日本の歴史修正主義者たちにどういう対応をとるかです。これまでアメリカは歴史修正主義を厳しく批判し、たとえば安倍氏が首相として二〇一三年末に靖国参拝したとき、アメリカは「失望した」と強く非難しました。そのため、安倍氏はそれ以降、首相として靖国に参拝できなくなりました。  靖国参拝問題では中国や韓国の反応に注目が集まりますが、靖国にはA級戦犯が祀られていますから、靖国参拝は連合国全体への不満表明を意味します。あのときアメリカは表向きは「アジアで余計な波風を立てるな」として、アジアへの配慮を打ち出しましたが、本質的にはアメリカ自身にとっても不快なことなのです。  しかし、もしアジアで戦争が起こった場合、アメリカとしては日本人にウクライナ人たちと同じように命懸けで戦ってもらわなければなりません。それでは、日本人の好戦性を呼び覚まし、戦争で死ぬ覚悟を持たせることができる社会勢力は誰か。現状でそれは安倍氏のような歴史修正主義者たちです。アメリカにとって彼らの歴史修正主義は不快ですが、日本に戦争をさせるためには彼らの力が必要なのです。しかも、この日本の右派の主流は親米保守ですから、彼らのナショナリズムの攻撃性がアメリカに向かうことはない。だからアメリカから見ると、安牌ですね。したがって、アメリカはアジアでの戦争を望まない限りでは日本の歴史修正主義を批判するでしょう。しかし前提が変わったらどうなるのか。日本の歴史修正主義者たちを批判しなくなれば、そのときはアメリカがついに東アジアで戦争を辞さずという決断をしたと見ることができます。 ―― 「二〇一二年体制」からの脱却が急務です。 白井 私はこの体制を平和裏に終わらせるため、著作を発表して問題のありかを指摘するなど、自分なりに努力してきたつもりです。しかし、その試みはうまくいきませんでした。この体制が崩壊するとすれば、もはや革命か戦争しかないように思われます。いずれにせよもうこの体制はもちません。いまの日本で革命が起こるとは思えないので、やはり戦争でしょう。そして、その可能性はどんどん高まっています。日本はそれほど危機的な状況に立たされているということを、多くの人に理解してもらいたいと思います。 <5月27日 聞き手・構成 中村友哉 初出:月刊日本7月号>)
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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