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「パクス・アメリカーナ」から「パクス・アシアーナ」へ<政治学者・進藤榮一>

覇権交代を促すウクライナ戦争

―― 現在のウクライナ戦争に対して、アメリカはロシアへの経済制裁やウクライナへの武器支援などを行う一方、中国はロシア寄りに立ちつつも一定の距離を保っています。ウクライナ戦争は米中の力関係にどのような影響を与えるでしょうか。 進藤 ウクライナ戦争は「パクス・アメリカーナ」から「パクス・アシアーナ」への転換を後押しすることになるはずです。これは第一次世界大戦後のドイツと現在のロシアを比較するとわかりやすいと思います。  第一次世界大戦は当時の覇権国たるイギリスにドイツが挑戦した戦争でした。ドイツはこの戦争に敗れ、ベルサイユ講和条約のもと過酷な賠償金を課せられます。また、石炭の豊富なザール地方など、旧ドイツ帝国支配下の領土も剥奪されました。  これにより、ドイツは政治力も外交力も失い、ルサンチマン(怨念)を蓄積させます。それがヒトラーという強烈な個性を持つ独裁者を登場させたのです。  ヒトラーは権力を握ると、失われた領土の奪還に乗り出します。まずザール地方を狙い、1935年に住民投票を行ってドイツに編入します。翌36年には非武装地帯ラインラントに進駐し、38年にはオーストリアを併合しました。ヒトラーはこれをチェコスロヴァキアのズデーテン地方居住のドイツ人たちによるドイツ復帰運動につなげていきます。  同38年にミュンヘン会談が行われ、イギリス、フランス、イタリアがドイツの領土拡大を承認します。いわゆるミュンヘンの融和です。これによってナチス体制の国内支持基盤は強固なものとなります。そして、ここから第二次世界大戦へとなだれ込んでいくのです。  この戦争の間を縫って台頭したのが、当初は局外中立を維持していた新興国・アメリカでした。そして第二次世界大戦が終わると、アメリカは「パクス・アメリカーナ」を形成し、世界に君臨するのです。  こうした動きを今日のロシアと比較してみましょう。ソ連がアメリカと戦った冷戦は、アメリカの覇権にソ連が挑戦した戦争でした。ソ連はこの戦いに敗れて多くの領土を失い、ロシアの中にはルサンチマンが蓄積されました。そこからプーチンという強烈な個性を持つ独裁者が生まれたのです。  プーチンもまたヒトラーと同じように失われた領土の奪還に乗り出します。2014年にクリミア半島を併合すると、次いでロシア系住民の多いウクライナ東部のドネツク州・ルガンスク州の編入に突き進みます。  同14年にロシアとウクライナは紛争停戦に合意し、ミンスク合意を締結します。翌15年にはドイツとフランスの仲介のもとミンスク2が改めて締結され、ウクライナ東部の親露派支配地域に事実上自治権が付与されることが決まりました。これはミュンヘンの融和になぞらえて「ミンスクの融和」と呼んでいいでしょう。実際、その後もロシアは膨張を続け、ついにウクライナに軍事侵攻を始めたのです。  今日の戦争はアメリカとロシアの覇権抗争という性格を持っています。その間を縫って台頭しているのが、局外中立の立場にある新興国・中国です。ウクライナ戦争が終われば、かつてアメリカがドイツに「第二の民主化」を実現させ、「パクス・アメリカーナ」の一翼を担わせたように、中国はポスト・プーチンのロシアに「第二のペレストロイカ」を実現させ、「パクス・アシアーナ」の一翼を担わせていくことになると思います。  アメリカの作家マーク・トウェインは「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」と言いました。まさにトウェインの言葉通り歴史は進んでいるということです。

「脱亜入欧」から「連亜連欧」へ

―― 日本は敵基地攻撃能力の保有などに踏み切ることで、何とかアメリカの覇権を維持し、中国の台頭を食い止めようとしています。しかし、もはや米中覇権交代の流れは止まらないと思います。日本は覇権交代を前提とし、中国をはじめアジア諸国との関係を強化すべきです。 進藤 明治以来、日本は日英同盟と日独同盟、日米同盟という3つの同盟を結んできました。これらの同盟のもと日本がやってきたことは何かと言えば、つまるところ、アジアと対決し、アジアを踏み台にして国の富を増殖させることでした。  日本は日清戦争後の1902年に日英同盟を結ぶと、これをテコに朝鮮半島の内乱に介入します。そして、日露戦争に勝利したあと、1910年に朝鮮半島を併合します。第一次世界大戦で欧州列強が戦火を交わしている最中には、中国に対華21カ条要求を突きつけ、火事場泥棒のように領土割譲を迫ります。これが1930年代の大陸侵略へとつながっていったのです。  その後、日本は1939年に日独同盟を結ぶと、侵略戦争を拡大させます。最終的にこの戦争は日本の手酷い敗北で終わりますが、この間アジア各地で生じた犠牲は2000万人にも及びました。  それにもかかわらず、日本は第二次世界大戦後、アメリカ主導のサンフランシスコ対日講和会議で中国やソ連、南北両朝鮮を排除し、いわゆる片面講和条約を締結します。そして日米同盟を結び、沖縄をはじめ広大な軍事基地をアメリカに提供し、アメリカの反共主義戦略に参画したのです。  その結果、日本は今日に至るまで中国やロシア、北朝鮮だけでなく、韓国とも領土問題や歴史認識問題で和解できずにいます。  しかし、アジアとの共生をはかることなくして、日本の平和と安定はありえません。「パクス・アメリカーナ」から「パクス・アシアーナ」へ転換しつつある今日においては、なおのことアジアとの関係強化が重要になります。日本はアジア諸民族の歴史と文化を理解し、真の意味での和解に努めなければなりません。  日中国交正常化45周年にあたる2017年、私たちはアジアとの共生を進めるため、日中双方の研究者やジャーナリストたちと「一帯一路日本研究センター」を発足させました。シンポジウムの開催や中国訪問などを通して中国との交流を重ね、アジアへの理解を促しています。  いま日本に必要なのは、黄昏の帝国・アメリカとの友好関係を維持しつつも、アジアとの共生を深化させ、アジア太平洋やユーラシア大陸と連携していくことです。これは明治以来の「脱亜入欧」「脱亜入米」から「連亜連欧」への転換を意味します。これこそが今日の日本に求められている戦略だと思います。 (4月3日 聞き手・構成 中村友哉) 初出:月刊日本2023年5月号
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2023年5月号

特集 米中覇権交代へ 対米従属では生き残れない
「パクス・アメリカーナ」から「パクス・アシアーナ」へ 進藤栄一
ドル覇権の崩壊が始まった 白井聡
この転換期を日本はいかに生き延びるか 寺島実郎
西山太吉の遺言 岸田は宏池会でも何でもない 佐高信
日韓は力を合わせて朝鮮半島有事を回避せよ 平井久志
対中外交 永田町は総がかりで 倉重篤郎

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