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「パクス・アメリカーナ」から「パクス・アシアーナ」へ<政治学者・進藤榮一>

―[月刊日本]―

「パクス・アメリカーナ」の終焉

中国・上海

中国・上海

―― これまでアメリカは世界の支配者のごとく振る舞い、「パクス・アメリカーナ」を形成していました。しかし、アメリカの影響力は著しく低下しており、アメリカに批判的な国も増えています。進藤さんは新著『日本の戦略力 同盟の流儀とは何か』(筑摩選書)で「パクス・アメリカーナ」の終焉について論じていますが、アメリカ衰退の原因はどこにあると考えていますか。
『日本の戦略力 ――同盟の流儀とは何か』(筑摩書房)

『日本の戦略力 ――同盟の流儀とは何か』(筑摩書房)

進藤榮一氏(以下、進藤) 「パクス・アメリカーナ」が終焉に向かっている要因は、いくつかあげることができます。一つは、軍事力の弱体化です。  2021年8月にアメリカはアフガニスタン戦争から撤退しました。この戦争は20年にも及び、「アメリカ史上最も長い戦争」と称されました。2020年度予算までにアメリカが投じた戦費は6・4兆ドル(約930兆円)にも達し、戦地で死亡した米軍兵士も7000人に及びます。  アフガニスタンは帝国の墓場と呼ばれています。19世紀には大英帝国が、20世紀にはソ連帝国がそれぞれアフガニスタンに軍事介入して敗北し、帝国衰退の時期を早めました。同じようにアメリカもアフガニスタンに軍事介入し、国力を疲弊させ、覇権国家終焉へ向かいつつあるということです。  また、アメリカの経済力が衰退していることも大きな要因です。アメリカは新自由主義政策を推進した結果、超格差社会になってしまいました。アメリカのシンクタンク・経済政策研究所のデータ(2018年)によれば、アメリカではトップ0・1%の超富裕層が実質国民所得の20%、トップ1%が39%も占有しています。ボトム90%が占める実質国民所得の割合は26%にすぎません。  若い世代も非常に苦しい状況に置かれています。特に深刻なのが学生ローンの問題です。学生ローンはこの10年で残高が3倍に増加し、いまや1・2兆ドル(約140兆円)となっています。1人当たり年間2万6000ドル(約306万円)の負債を抱えて社会人生活を始める計算です。大学経営がビジネスに走りすぎた結果、学生にしわ寄せが来ているのです。これでは社会の力が衰微するのは当然です。  さらに、アメリカの民主主義の力が後退していることも見逃せません。アメリカは民主主義を世界に広めようとしてきましたが、いまではアメリカ国内でも民主主義は機能しておらず、一部の金持ちたちが政治を支配しています。いわゆる金権政治です。  アメリカの金権政治化は、2000年代初頭以来、最高裁の一連の判決によって選挙資金規制が事実上撤廃されたことに起因します。クリントン大統領が再選した1996年の大統領選挙の際は、選挙資金総額の上限は9億ドルとされていました。それが数次にわたる最高裁判決をへて、70億ドルまで許容されるようになりました。しかし実際の上限は100億ドル(約1・4兆円)を超えるとされています。しかも、かつて禁止されていた外国人や企業の選挙資金まで許容されるようになっています。  アメリカのバイデン大統領は世界各国の首脳を集めて「民主主義サミット」を開催しています。しかし、現在のアメリカにそうしたサミットを開催する資格があるとは思えません。  過去の歴史を振り返ると、覇権国家は100年ごとに交代しています。1914年の第一次世界大戦をきっかけにアメリカが覇権を握ったとするなら、それから100年後の今日、アメリカが覇権を失いつつあるのは自然な流れと言えます。

「パクス・アシアーナ」への転換

―― アメリカに代わって台頭してきたのが中国です。中国はイランとサウジアラビアの仲介外交を行い、さらにロシアとウクライナの仲介にも乗り出す可能性があります。ここまで中国が力をつけてきたのはなぜですか。 進藤 それはやはり中国が巨大な経済力をつけたことが大きいでしょう。もともと中国は膨大な人口を有しており、その数は14億4850万人にも及びます。日本の10倍、アメリカの4倍、EU(ヨーロッパ連合)全域の2倍を超えています。  こうした巨大人口はかつては国の発展を阻害すると見られていました。いわゆる人口オーナス(発展阻害要因)です。しかし、21世紀になってヒト・モノ・カネや情報、技術が瞬時に国境を越えるようになり、「モジュール化」が進みます。モジュール化とは、コストを考慮して個々の部品を世界中で生産し、1つの完成品に組み上げていく技術工法のことです。  これにより、世界各地から中国への直接投資が急増し、中国は「世界の工場」と呼ばれるようになりました。中国自身も積極的な改革開放と外資導入政策を展開し、2001年にはWTO(世界貿易機関)に正式加盟するに至ります。こうして中国の総所得は増大し、「世界の工場」から「世界の市場」に転換していきました。人口オーナスが人口ボーナス(発展促進要因)に変容したのです。  また、中国が広大な国土面積を有していることも重要な要因です。中国の国土面積はアメリカとほぼ同じで、日本のなんと25倍です。  中国の国土は峻厳な山岳や不毛な砂漠、広大な河川や湖沼で分断されているため、空間オーナスとされてきました。しかし、ドローンなど建設技術開発が進んだことで、大型船舶の入港できる港湾を建設したり、長大な新幹線網を縦横に設置できるようになりました。空間オーナスが空間ボーナスへと構造変容したということです。  実際、この間の中国の経済発展は目を見張るものがあります。1980年代初頭、日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれていたころ、中国のGDP(国内総生産)は購買力平価で日本のわずか3分の1程度でした。しかし、中国が改革開放路線に舵を切ると、2000年には購買力平価で日本を上回り、2016年にはアメリカをも追い越します。それ以降も日中、米中の経済格差はどんどん開いています。  中国だけでなく、他のアジア諸国も急速な発展を遂げています。2019年にはインドが世界第5位の経済大国となりました。そのインドを追いかけるのがインドネシアです。2050年にはインドネシアの経済規模は日本と同じになると予想されています。さらにそのあとにベトナムやタイ、バングラデシュなどが続いています。このように、中国の牽引のもとアジア太平洋地域は興隆を続け、中国主導の「パクス・アシアーナ」を形成しつつあるのです。
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覇権交代を促すウクライナ戦争
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げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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月刊日本2023年5月号

特集 米中覇権交代へ 対米従属では生き残れない
「パクス・アメリカーナ」から「パクス・アシアーナ」へ 進藤栄一
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