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アメリカと日本でこんなに違う子育て事情。自由だけどリスクも隣り合わせの「アメリカの小学校」で驚きの連続

 日本では4月の新入学から1カ月以上経ち、ようやく親子ともども小学校生活に慣れてきた頃だろう。あるいは「小1の壁」に心折れている方もいるかもしれない。
アメリカ

マスク着用などの規制がなくなって1年以上が経つアメリカの小学校では、すっかり元通りの学校生活

 20年前に日本を離れて海外移住した身としては、アメリカの小学校で“日本との違い”に面食らうことばかりだ。

家族構成、人種、宗教、ジェンダー…多様性って、そういうことか!

アメリカの小学校

“多様で当たり前”のアメリカの小学校。教育も日本とかなり違い、多様性に配慮した内容となっている

 アメリカでは州や地域によって異なるものの、日本の幼稚園年長に当たるキンダーガーテンが小学校に組み込まれており、筆者の住むシアトルの公立小学校には幼稚園年長から小学5年生までの子どもが通う。しかし、子どもの発達によって1年飛び級してもいいし、1年遅らせてもいい。日本のように4月から翌年3月生まれの子が同じ学年、としっかり決まっているわけではない。しかも、子どもたちのバックグラウンドはさまざまだ。髪の色も目の色も肌の色も違う。わが家のように外国のルーツを持つ子、あるいは英語が母国語でない子もいる。  見た目だけではない。家庭環境もまったく異なる。クラスの中で両親がそろい、どちらとも血がつながっているという子の割合はどれくらいだろう。親がシングル、別居、離婚、再婚、LGBTQという子がいれば、養子、里子もいて、人工授精や代理出産で生まれた子もいる。お母さんやお父さんはひとりとは限らない。家族構成だけでなく、人種や宗教、家庭の経済状況も含め、まさに多種多様だ。  そんな育った環境もバラバラの子どもたちを相手に、日本のような「みんなと同じ」ことを良しとする教育を試みたところで、意味をなさないだろう。それよりも多様性ありきの環境では、「みんな違って良い」と、お互いを認め、尊重し合うことが求められる。むしろ、そうしなければ争いや差別はなくならず、分断がますます進み、平和に生きていくことができない。特に昨今のアメリカは、差別に対して異常なまでに敏感だ。小学校の授業では、ジェンダー平等、LGBTQなど性の多様性についてはもちろん、人種問題に関しても教育を徹底している。

自由が過ぎる? ほとんど遊びのような授業も

小学校の先生

明るくフレンドリーなアメリカの小学校の先生は、子どもたちからの人気も抜群!

 一方で、アメリカの小学校でびっくりなのが、とにかく自由ということ。これは地域や学校にもよると思うが、わが子が通うシアトルの公立小学校を一例として紹介したい。  まず、入学式や始業式がなく、いきなり授業が始まる。そして、持ち物はほとんどない。筆記用具などは共有で、各家庭から集められたお金で学校側がまとめ買いしている。教科書も使わない。低学年まではタブレット、それより上の学年ではノートパソコンが貸し出され、授業も宿題もデジタルかプリントのハイブリッドだ。時間割は、担任が教える国語(英語)、算数、理科、社会などは先生次第。体育、音楽といった専任教師がいる科目のみ曜日が決まっている。ちなみに掃除は専門スタッフが行うので、掃除当番や掃除の時間は設けられていない。  授業では椅子にすら座らなくていい。特に低学年では、床に寝っ転がって先生の話を聞いたり、読書をしたり。子どもたちが寝っ転がるのを前提に、教室にはマットやカーペットが敷かれている。クラスによっては「いいね」ポイントがたまると「ご褒美デー」となることも。「みんな頑張ったから今日は動画祭りね!」と、突然YouTubeが見放題に(笑)。学力、大丈夫? と心配になるが、年に1度の州統一テストを受けると、みんなそれなりに良い成績。子どもたちのモチベーションを上げるのに、一役買っているということか。アメリカ式の教育は、常にポジティブ。決して否定せず、褒めて、上げて、子どもたちのやる気を引き出してもらえるのがありがたい。
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ランチも服装も何でもアリ
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アメリカ・シアトル在住。エディター歴20年以上。現地の日系タウン誌編集長職に10年以上。日米のメディアでライフスタイル、トレンド、アート、グルメ、カルチャー、旅、観光、歴史、バイリンガル育児、インタビュー、コミック/イラストエッセイなど、多数の記事を執筆・寄稿する傍ら、米企業ウェブサイトを中心に翻訳・コピーライティング業にも従事。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員

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