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消息不明の元プロレスラー・中西学、意外な所で働いていた。54歳で初の一般職という挑戦

 消息不明といわれた“元・野人”こと中西学。自然に返った説も出ていたが、男は愛知で働いていた。持ち味の野性味は社会では不器用さになってしまい、「謝る毎日ですよ」と下を向く。カウント2.9、追い込まれても闘い続ける男が現状、未来を語った。

社会人になっても僕は死ぬまでプロレスラー

元プロレスラー・中西学_エッジな人々

元プロレスラー・中西学

 元・野人は、愛知にいた――。   バルセロナ五輪にレスリング日本代表として出場後、新日本プロレスに入門。団体の最高峰の称号、IWGPヘビー級王座を獲得。野性味溢れるファイトスタイルに、ど天然キャラで親しまれ、愛称は“野人”。  テレビでは人気バラエティ番組にも数多く出演し、冠番組を持つなどトップレスラーの一人だった中西学。首の怪我を理由に’20年、惜しまれつつ54歳で引退し、一時消息不明だったが、SNSで“愛知県のガソリンスタンドで働いていた”とファンが投稿し大きな話題に。そんな中西を直撃。今だから明かせる真相、胸中を聞いた。 ――「死ぬまでプロレスラー」を宣言していた中西さんが、ガスステーションで働くというのは意外でした。 中西:引退時は、幼少期から慣れ親しんだ家業の茶農園を継ぐ気持ちでいました。でも父は兄に継がせると決めていたんですね。ただ、その兄も体力的な問題で運営していくのが厳しくなり、タイミング悪く父も体調を崩してしまった。結局は廃業しました。元プロレスラーとして、体づくりの“トレーナー職”も考えたのですが、僕が引退した’20年は新型コロナが大流行。対面指導は難しいし、僕は不器用でリモートにも対応できない。そんななかで、昔から懇意にしてくれた社長さんに相談すると、「俺が経営するガスステーションで働かないか?」と誘ってくれたんです。
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生きていくためにはなんでもしなきゃならない
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