更新日:2023年11月15日 20:06
エンタメ

『アメリ』を「間違えて」買い付けた56歳の映画プロデューサーが“余命半年”のいま語る、映画業界に残した功績

大反響があっても自らの成果は語らない

――本当に愚直で真面目な若者だったんですね……。 叶井:でも、そうやって名刺を交換しても、結局映倫に上映を拒否されて、ビデオスルーにしかならなかった『八仙飯店之人肉饅頭』(1993年公開)とか、変な作品しか紹介しないから、みんな「名刺渡して失敗したな……」と思っただろうね(笑)。 ――殺人犯が死体を肉まんに詰めていたという、実際の事件を元にした猟奇的な香港映画ですよね……。 叶井:それでも、中には「宝島」(宝島社)、「週刊プレイボーイ」(集英社)、「週刊朝日」(朝日新聞出版)など、『八仙飯店之人肉饅頭』について何ページも割いて取り上げてくれる媒体もあった。 ――おぉ! それだけの成果を上げていれば、会社に意気揚々と報告できたでしょうね。 叶井:いや、会社には報告してない。 ――えっ? 叶井:そもそも名簿作りは俺の「自己満足」だったからね。だから、「週刊プレイボーイ」は実際に作品のモチーフとなった現場に行くという特集を組んでくれたけど、アルバトロス・フィルム内では同作の記事が雑誌載っているということは、誰も知らなかったんだ。

「情が湧いたら嫌だから」担当作品を見ない

――それは叶井さんなりの作品への「愛」だったんですか? 叶井:いや、純粋に自分の取り扱っている作品が、社会現象として盛り上がるのがうれしかったんだ。愛はないね。だって、観てないんだから。 ――『アメリ』は脚本だけ読んで「女ストーカーの映画だ」と思って買い付けたという逸話があります。どうして自分の売り出す映画は観ないんですか? 叶井:だって、作品が面白くて「情」が湧いたら嫌じゃん。面白いと困るんだ。むしろ、「これから映画を観る人」のためには、「作品を観ていない」ことのほうが宣伝としては大事なんだよ。だから、俺はポスターと予告編さえよければ上出来だと思っている。 ――今の映画の宣伝マンたちにも伝えたいことですね。 叶井:いや、観ないとダメです。ちゃんと観て売りを考えてください。
次のページ
「1億円の生命保険」に加入させられかけた!?
1
2
3
4
5
6
編集者/ライター。1993年、福岡県生まれ。出版社に勤務する傍ら、「ARBAN」や「ギター・マガジン」(リットーミュージック)などで執筆活動中。著書に『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)がある
記事一覧へ
おすすめ記事