オレオレ詐欺犯に、息子の座を乗っ取られそうになった男子の話。そして僕――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第41話>
―[おっさんは二度死ぬ]―
昭和は過ぎ、平成も終わり、時代はもう令和。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか——伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート!
【第41話】俺以外俺じゃない
「わたし以外わたしじゃないのなんて当然じゃんね?」
カフェの喧騒の中でそこの言葉だけが鮮明に聞こえた。
おそらくではあるが、いまこのカフェの中で流れている音楽がゲスの極み乙女。の楽曲である「私以外私じゃないの」なのだろう。歌詞でそう歌われている。それを受けて、隣のテーブルのゲスを極めてない感じの乙女がそう言っていたのだ。
最近ではこうして文章を書く仕事をカフェでやることが多い。なぜだか知らないが、このカフェの喧騒の中が最も作業が捗ることを発見してしまったのだ。
カフェは煩いし、店内の喧騒はなかなかのものだし、音楽もかかっている、そして隣の会話も気になって仕方がない。おおよそ集中できる環境ではないのに、不思議なことになぜか捗ってしまうのだ。
稚拙ながら文章を書くことを生業にしている人間として、僕には致命的かもしれない欠点がある。それが、集中力がないという点だ。本当にビックリするくらい集中力がないのだ。今この文章も、めちゃくちゃ集中しないで書いている。さっきまで40分くらいスマホを見ていた。あとエロ動画もちょくちょくダウンロードしている。
おそらくその集中力のなさの延長線上なのだろう、それに付随してもう一つの特性がある。それが“家では1ミリもかけない”という点だ。
書けないのだ。本当に書けないのだ。目下のところこの“家では書けないシンドローム”が僕にとってちょっと深刻なことになっている。
極度に集中力がないので、例えばよし日刊SPA!の連載書くぞ!と我が家で奮起したとする。パソコンを開き、しばらくして考える。ちょっとスプラトゥーンやるか、負けるまでやろう、負けた、クッソ! 勝つまでやるか、となり、気づけば3時間くらい経過している。こんなことザラだ。そう、家には誘惑が多い。これが書けない原因であろうと思う。
他にも原稿を書こうとして、今日が日曜日であることに気が付き。よし、ネットで馬券を買うぞ、くそっ! なにやってんだ福永! 審議だろ、審議! あーあ、金なくなった。今日はやる気ないわ。誰か金貸してくれねえかな、とラインを見る。どうやって金を借りるかというゲスっぽい作戦ばかりだ。完全にゲスだ。もう原稿どころじゃない。まったく集中できないのだ。
けれども、我が家に静寂の執筆環境を構築し、それこそ売れっ子作家みたいな本棚に囲まれた重厚な書斎を準備しようとも、座りごこちのいいチェアーに貫禄のあるデスク、そんなもの用意しようとも、たぶん書けないと思う。1行も書けないと思う。すぐに椅子倒してオナニー始める。絶対にそうなる。原稿書かずに別なものをかきはじめるわけだ。
結果、絶対に家では書けないので、ちょっとしたカフェやコワーキングスペースで書くことになってしまうのだ。そして、様々な試行錯誤を経た結果、落ち着いた雰囲気のコワーキングスペースやシックな雰囲気のカフェではなく、それこそ大学生がウェーイとか言っているレベルのカフェが最も捗ることを発見してしまったのだ。
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri)
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『pato「おっさんは二度死ぬ」』 “全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"―― |
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