更新日:2015年01月13日 09:10
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ベストセラー『21世紀の資本』 の翻訳者・山形浩生が、原書を読んで真っ先に思ったこと

ベストセラー『21世紀の資本』 の翻訳者・山形浩生が、原書を読んで真っ先に思ったこと

経済の専門書としては異例の売り上げとなっているトマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房)

 2014年4月に英語版が発売されるや、たちまち世界的ベストセラーとなったトマ・ピケティ著『21世紀の資本』。日本でも例に漏れず、昨年12月にリリースされた日本語版は発売1か月近く経った今も「Amazonベストセラー商品(本)ランキング第1位」(1月11日現在)をキープ。関連書籍が多数出版され紹介イベントも大盛況となるなど、いかにこの本への感心が高まっているかがうかがい知れるだろう。フランスのエコノミストがしたためた実に700ページにも及ぶ経済専門書が、なぜこれほどまでに異例の好セールスを記録しているのか? それはひと重に、今ある「資本主義」のシステムそのものに重大な疑義が生じていることを多くの人が肌で感じているからに他ならない。  富める者はますます富み、そうでない者との格差はジリジリと広がっていく――。  主要各国の税務統計をはじとした厖大なデータを、実に300年という超長期にわたって執念深く分析するこれまでにないアプローチで、ピケティは資本主義の暗鬱な未来を予言するのだが、興味深いのは、日本語版『21世紀の資本』(みすず書房)のカバーに記された翻訳者のクレジットだ。守岡桜、森本正史の両氏とともに本書の翻訳を手掛けているのは、翻訳家であると同時に、評論家としても名高い山形浩生氏。ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏の著書を数多く翻訳したことでも知られる山形氏は、SFや前衛文学、コンピュータなどの分野でも幅広く活躍する評論家の顔も持っている。そんな彼は、ピケティのどこに魅力を感じたのだろうか。 「『21世紀の資本』は多くの経済学者にかなりの衝撃的事実を突きつけました。この本が刊行された当時は、『そんなはずはない!』とピケティに反論する学者も少なくなかったが、ピケティの提示したデータを見れば実際そうなっているのでぐうの音も出ない……。この本のひとつの意義は、ピケティが取り組んだような研究をこれまで誰1人としてやってこなかったことが明らかになったということ。『r(資本収益率)>g(経済成長率)』という図式などあり得ない! と主張しているだけで何もしてこなかったため、経済学が築いてきた常識がここにきて揺らいでいるというわけです」 『21世紀の資本』の要旨は、「r>g」というひとつの数式に集約することができる。つまり、ピケティによれば「r(資本収益率)」は常に「g(経済成長率)」を上回るとされ、今後「r」は平均4%程度に落ち着き、先進国の「g」は1.5%となるとしている。詳しい説明は本書に譲るとして、極々シンプルに言えば、投資信託やファンドなどの資産を持っていれば年4%程度の収益を得られるが、働いて得られる収入の伸びは1.5%ほどに抑えられ、この状態が続くことでとてつもない格差も生まれるということだ。山形氏が続ける。 「すでに資本を持っている人には、どんどんお金が集まってくる。『21世紀の資本』にはバルザックやジェーン・オースティンの古い話が紹介されています。例えば『ゴリオ爺さん』では、真面目に働いてもたいした儲けにならないのだから、カネ持ちの女と結婚して“逆玉”に乗ったほうが富を築くには近道だという話が出てくる。つまり、労働のほうが収益率が高ければ、親からの遺産から生まれる利息やアパートの賃貸収入で暮らしていくより自ら働いたほうが儲かるので、親のスネをかじって生きるのはよくないという戦後の価値観が生まれたわけです。この前提が崩れ、いくら働いても資本家にはまったく敵わないなら、資本を持たない人にとっては面白い話ではない。爺さんの遺産で食べている3代目に対して『なぜオマエはいい思いをして、オレは働かなくてはならないんだ!』という批判も出てくるでしょうが、この疑問に答えられる人が果たしていますかね? 少なくとも1970年代くらいまでの社会では、親に頼らず、自分の力で働いてお金を稼げばそれなりのポジションと暮らしを得られていた。だから、みんな一生懸命勉強し、働き、35年のローンを組んでマイホームを買っていたわけです。ところが、この前提が崩れると、現在の民主主義社会のベースになっている価値観が大きく揺らぎ、不満を持つ人が増えていく……。具体的には、ナショナリズムや保護貿易の勃興による緊張状態が生じる可能性をピケティは指摘しています」  世界に目を向けてもすでにナショナリズムの動きや、為替ダンピング競争の兆候は出てきている。ピケティの予言によれば、近い将来、資本主義には暗鬱とした未来が訪れるというが、そんな見通しを山形氏はどう受け止めているのだろうか。 「この本を読んで真っ先に思ったのは、『マンションを買ったほうがいいか?』『株でも買おうかな?』ということ。やはり資本の持ち手になったほうがいいのでは、と考えてしまいますね。ただ、こういった小物感が拭えない資本家は、インフレになったときに真っ先に泣きを見そうです……。小さな資本はあまり儲からないが、巨額なら大きく儲かられるのは事実。資本の規模が大きいほど収益率が上がるからです。小物はそれほど儲からないわけですが、それでも資本を持たずに働くのよりマシでは? という話になってくる(苦笑)。日和っちゃいますよね。ちなみにピケティは、格差の研究が進まなかったのは、アメリカの経済学者が実は金持ちの部類に入るからとも指摘しています。フランス人らしい少々嫌味な感じがしますが(笑)、まぁ、確かにその通りなんですが」  おそらくこの10年でもっとも影響力の大きい経済学書になる……と、かのクルーグマン教授も激賞する『21世紀の資本』。実際に翻訳をした山形氏が話してくれたような視点で読み進めるのも、ひとつの楽しみ方かもしれない。 <取材・文/日刊SPA!取材班>
21世紀の資本

格差をめぐる議論に大変革をもたらしつつある、世界的ベストセラー

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